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翡翠は壬生寺に赴いた。
忙しなく、確かに坊主ではない、帯刀した者達ばかりが目立ち、その中にいた先日の斎藤が、「おや、」と気付いてくれた。
翡翠は頭を少し下げ「こんにちは」と挨拶を返す。
……どうも。
彷徨いている者達は皆、目は合わせるらしい。それはまるで顰蹙そうというより、“メンチ切り”のような殺伐さ。
随分、聞いていたよりも隊員は増えているようだ。
斎藤が然り気無く手で皆を制し、「條徳寺の」と、特に因縁もなくさっぱりとわざわざ声を掛けてくれた。
「何かございましたか」
「いえ…まぁ…」
翡翠が雰囲気を気にしていると察したのか、斎藤はふと、「副長でしたら空いてますよ」と言った。
それで漸く、ごろつきのような隊員達の殺意に似た空気は一切、なくなった。
「少々そこまでは歩くか…」
「…ん?」
「今丁度、側の西本願寺にお出掛けになっているんですよ。すぐに戻るはずなんですが…恐らく」
そう言いながら斎藤はやはり然り気無く翡翠を門の外へ促し、「すみませんね」と小声で言った。
「今朝から少々忙しくて。加えて隊員もまぁ、身分も疎らで失礼な態度をしてしまいましたね」
「いえ。ぼちぼちなようで何よりです」
「私がお伺いしても宜しいのですが」
「あ、まぁ…」
「そうですよね。では、そこまで送ります」
随分と鋭い男だ。瞬時にそう読み取った。
恐らく、それは斎藤自身も自分に対して思っているだろう。
どうも、この男、勘のようなものだが自分と同じ匂いがしてならない。
それは、会ったことのある試衛館の連中とも、また少し違った匂いで。
「…お西さんとは…」
「あぁ、まぁご近所さんなので」
含みがあるような気がする。
まぁ、ここが本当にそれだけの存在になったのかもしれないと思えば、安心するような、それとも…と、目的は思い出す。
斎藤へは特に掘り下げることをやめた。
…これほど、世知辛くもなったものだな。
西本願寺の門あたりで、丁度土方と遭遇した。
前より上等な着物で、赤漆の、装飾も良い刀を下げている。
まるで垢抜けたようだ、一気に。
「お、さっぱりしたな。おめぇか」
「どうも」
「元気そうじゃねぇか」
土方が斎藤をチラッと見ると、「お連れ致しました」とだけ告げる。
「寺が暇になりまして。少々お話し相手になっては頂けないやろかと思ったんやけど、忙しいやろかねぇ」
特に嫌味でもなく、「お陰様でな」と爽やかに土方は返してくる。
「まぁ折角来たんだ、茶でも出すよ。まだ馴染まねぇが」
そう言うと土方は後ろ、西本願寺を当たり前に指す。
どういう了見か謎ではあったが、斎藤はそれを見て土方の顔を伺っている。
特に何も言わずくるっとまた西本願寺へ向いた土方に察したようで、斎藤は翡翠の側に付いたままとなった。
土方は当たり前のように…外れの、どうやら“[#ruby=_鼓楼ころう#]”の戸を開けた。
最早私物化と言うべきなのか、それなりの武器があった。運び込んだに違いない。
…まさか、本当に人様の敷地に押し入ってしまったのではないか、この人は。
京の人から嫌われそうだな、なんせここは“お西さん”だ。罰当たりに感じる。
「こんな場所で悪ぃな。
斎藤、坊主から茶を貰ってきてくれねぇか?」
「…あ、いえ、お構い無く」
疑惑も少しは固まった。
「そうかい?」とその場に座った土方は堂々としている。
「ほんで、話ってのはなんだい?」
忙しないのは本当らしい。それとも江戸っ子の性分だろうか。単刀直入だった。
「…まぁ、大した話やないんやけど…。
小耳に挟んだんですが、先日大阪の力士と悶着があったと…」
「……ほう?」
その、まるで射抜くような黒目は何を考えているのかわからない、そんな風格だった。
「…西の作法を教授に。大阪者は厄介なんで、お気を付けてくださいねと…お見受けしたところ幸先は良いではありませんか」
「……その話をどこから聞いたかは知らんが」
「京の商売人には回る話です。彼は、こちらでは名の聞くお方なんで」
「なるほどなぁ。
これは雑談だとして。お前さん、南條の下に就く前、茶屋にいたんだよな」
…なるほど。
「そうですが」
「郭で売られるのは大抵、元は武家やらそれなりの商家やらの倅だと…お座敷の決まりを知れたよ」
「…まぁ、大抵はそうやろうね」
「お前さん、名字帯同はしてたんかい?
…まぁ、過去の因縁は話てぇもんじゃねぇんだろうが」
…勿論、それもここにとっては深く関わる話かと、まぁただで来たわけでもない。
道何本か先の御所が自然と頭に浮かんだ。
つまり、藤嶋の素性くらいなら掴んでいるのかもしれない。それなら随分と立派な仕事をしているようだ。
「…やはりあんさんには敵いませんな。
そうですね、正確に名乗る機会もありませんでした。
わては、藤宮翡翠と申します」
「なるほど」
この、ひっそりとした武器庫。
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