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 いつかの日に高杉が自分に語ったことを思い出す。
“志とは残酷で正しいものだ”と。

 自分はそれになんと返したか。
 それを彼は、利己であり優しさだ、どうしてもそれが捨てられない、とも言っていた。

 いま、果たして彼はどうしているのだろうか。確かにそう、正しくて、優しくて、それを一括で利己という欲望とするならば、残酷なのかもしれない。

「いつの日かね、」

 呟くように出た言葉に、朱鷺貴がぼんやりと自分を見る。

「柵は捨てるもんなんです。しかし、忘れなくてもいい物だと……。
 はは、あかんね。少し、遊びに行ってこようかな」

 何も言わない。
 碌でもないとわかってはいるけれど。

「少しですよ…少し。あんたは頑固ですから」
「…お前に言われたくないよ。なんだ、遊びにって」
「それを聞くのは野暮やで。トキさん、夜は怖いのです」
「……あぁ、なるほどって…。
 バカタレ普通公言するか!?なんで今だよ」
「公言やないで、宣言です」

 わざとらしく朱鷺貴は溜め息を吐いた。
 しかし、どこか穏やかに「あっそ…」と肩を落とす。
 全く、素直になれば良いのに。

「でも、止めるならそれでもええですけどね」
「別に。勝手にすれば」
「ホンマに嫌われとるなぁ…まぁ、はい」

 あんさんの従者も疲れますなぁ。まぁ、細かいことは嫌いではないけれど。先回りするのが大変です。

 我ながらどうかしている。藤嶋は恐らく、だから去ったんだ。つまり、完全なる渦中の人物になってしまったのだろう。
 あの人も狡猾なわけではなかった、ほんの少しあの日は、本音、弱味を見せたのだろう。

 全くどうして皆、一本の刀を折らないのか。自分は武器を置いてみたから、そう言えるのだろうか。

 それから特別、その話は終わった。
 夕方近くに寺を出ても、朱鷺貴は特に何も言っては来なかった。

 とはいっても…藤嶋があそこに帰るかどうかは定かじゃないし。けど、宝積寺に行くかといえば多分そうじゃないだろう。

 今日だけならまだ、金清楼で寝泊まりするのはあり得なくはないだろう。こんな曖昧さで動けるほど、どうやら自分は皮肉にもアレを、いつの間にか理解していたのだとも気付いた。

 別に戻って来いと言うつもりはない。どうせ聞くたまではないし。
 ただ、柵は捨てるべきだ、そう思っただけで。

 夜も盛りな見慣れた風景が、不思議と…古風なものに感じた。こんなことは初めてだ。
 うんざりしていたはずだった。いつだって、どこか心の中で。

 花街の奥の店、それほど人通りもないひっそりとした場所。

 入り口に、なんとなく、まるで性質の違う……客にしてはそう、人を見てきた商売柄わかる、“いかにも、上級と見せているような武士”数人が立っていた。

 一言、胡散臭い輩。

 そのうち2人ほどは、パッと散るように“表側”、つまり遊郭街へと去ってしまうのだが、残った一人を見て、瞬時に思い出した。
 それには入り口でダルそうに、腕を組んだ藤嶋が対峙している。

 あれは、蕨で因縁を残した男だ。遊郭の番頭に扮していた…そう、「吉田」だ。
 確か、長州の久坂が正体を割ったのだ。

 よくよく見れば、確かに“武士”ではないか。あのときの変装を思い浮かべると今、何故瞬時に「あの男だ」とわかったのか…これも結局染み付いた嗅覚でしかない。

 …藤嶋さん、あんた本当に、結構な人物だったのか…。
 そうだ、斎藤が言っていた。「長州の公家やらも下京した」と…。

 じっと見てしまっていたが、藤嶋がチラッとこちらに気付いたのと、吉田が振り向くのはほぼ同時だった。

 吉田はその間で刀の柄に手を掛けたが、翡翠を確認すれば「あぁ、」と不適な笑みを浮かべた。

「アレですよ、僕の知り合い。やっぱりここだったんですね」

 中が見える。吉田は番頭台にいた青鵐に振っているようだった。

 あからさまに舌打ちをした藤嶋は「知らねぇよ」と言ったようだが、自分がまず、「藤嶋さん、」といらん賽子を振ってしまっていた。

「…久しぶりだな、覚えてるか?」
「…誰やったっけ」
「まぁそうか。何年か前だし、場所も違うからな。蕨の遊郭で少し遊んだんだけど」

 藤嶋の頬がピクッとする。

「…あぁ、あの守銭奴間者かんじゃ番頭か。どうしたんです?一体。流れてきたんで?」

 はぁ、と息を吐いた藤嶋が「入れや取り敢えず」と言った。

「ただでさえひっそりしてんのに、そんな殺気垂れ流されちゃ商売上がったりだ。全く…」
「あんた、あんなのまで使ってるんですね。本格的にどうかしてる」
「………」

 何故か嬉しそうに言った吉田に返事をすることもなく、全く仕方がないといった態度の藤嶋だが、

「いや、なんなんですか?藤嶋さん」

青鵐が困った様子。

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