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「気にするな。俺の部屋で事足りる」
「いや…えぇえ」

 お邪魔しますと吉田を引き取った勝手な藤嶋に、思わず、と言った調子で青鵐がこちらを見てくる。

「……やはりここやったね」
「おぅ…なんやあれは」
「聞かん方がええですよ。アレは浪人です」
「はぁ?」
「少々厄介な男なんですよ。所謂わてのような、殺し屋かなんかの、」
「その言い方はやめや翡翠。言っとったやろが」

 …それは、郭時代の教えだ。
 心配そうな青鵐が「確かに…“水鶏はいるか”聞いてきたわ」と声を潜める。

「……翡翠、」
「…兄さん、すませんね、ホンマに」
「いや、せやけどそんなら通るなよ。お前、やっと足洗ったんやろ?なぁ、」
「…ははは、兄さんのどつきには弱いですよ。
 でも、知り合いやないんで。大事ないです。アレと少々…喧嘩しに来たのみ」
「お前、アレのせいで困っとんのか?もしかして、あれからずっとなんか、翡翠、」

 そうだろうな。
 青鵐は知らない。藤嶋はきっとここが好きなんだ。だから、そういった話は一切していないだろう。なんせ自分もまだ把握していない。

 知らないままで済むのなら、確かに正しい。しかし、酷に感じないかと言えば嘘になる。
 それはけして藤嶋が悪いわけでも、本当はないのだろう。ただの、無自覚だ。

「いえ。あん人、少々寺には遊びに来てましたけどね。なんや朝から消えてしもうたんで、あの坊主がヒヤヒヤしとるんですよ」
「…はぁ、」
「まぁ、そう」
「お前、もういっぺん聞くけどホンマに大事ないんか、ええんやでもう、」

 …全く…。

「兄さん、おおきにです。やっぱ、兄さんはわてに意地悪せん人やなぁ…」

 きっと…平和だったのだ。

「なんややめや、翡翠、なぁ、」

 その平和が崩れてしまうとしたら、それは凄く寂しい…いや、苦しい。
 まるで喉が切れそうなほど。

 なかなか、見ていられないなと、青鵐にはすっと掌を見せ、そして店主の部屋に向かう。

 顔を見たらきっと苦しくなると思う。兄さんすまへんなと、けど、この界隈の人間は、こちらがそうと決めれば踏み込んでこないものだ。

 だが、引戸が開かない。
 原因はどうやら、入れと言ったくせに、藤嶋が多分、寄りかかって押さえているのだとわかる。

「……そんで、あんたは一体何者なんですか」

 聞こえてくる。
 「藤嶋さん、」と声を掛けるが全く返事も何もない。

「…3,000の軍勢だなんて随分と…お上さんは吹聴したようですがあんたは知っていますか?」

 ガツンと戸を叩いた。
 ガンっ、と叩き返され「茶でも持ってこい」と言われた。

「…んのクソっ、」

 何故、自分は。
 こんなことをしているのか。
 腹が立っているのか。

 3,000の軍勢。関白が言ったやつだったな。なんだ、あんただったのか?それは。

 まずは飛び出した。裏庭から入るしかない。
 やはりチラッとくらいは、青鵐の顔が目に入るけど。

 この平和は、勿論、作られた上にここにあったのだと思う。

 …確か壬生浪の大将は独自にその話を持ってきたのだ。本当か嘘か、どうやら本当に近いとわかったが、恐らく藤嶋が云々ではない。
 いくら仮の姿とはいえ、コレはそもそも郭の店主だった。そして、朱鷺貴に関白の話をした事実がある。

 …だが確かに、藤嶋が「代官」に印籠を渡した過去も存在する。あの時……そうだ、藤嶋は「所司代」か何かと名乗った。
 しかし、京に移り住めばそれもわかる、あの場所は和泉だったのだ。つまり、あり得ない。だがしかし、まかり通った。

 どうとしてもどちらも胡散臭い。いや、キナ臭い話。

 だが事実、昨今「京所司代」の無能化によりあの壬生浪が出来たのだ。あながち…筋自体は通っているけれども。

 どうやって裏で動かしているのか皆目わからないが、双方読み違いはあるはずだ。

 縁側から障子を開けると、吉田が振り向き藤嶋がかなり不機嫌顔で舌打ちをする。

「“走る馬”か。やはり強引だな君は」
「……藤嶋さんに話があるんやけど」
「なんだよっ、」
「この人は間者です。以前巡業中に出会いました。
 吉田さんやったね。あんた、長州のもんやったんやね。お友だちからお聞きしましたよ」
「…はぁ?」
「誰とは言いませんけど。藤嶋さん、これはどういうことで」
「間者など、君と一緒だな。使えぬ馬は黙ってて貰おうか。先にこちらが話しているんだ」
「わかりました」

 縁側に正座し、ならば聞いてやろうと思えた。

「どうして藤宮の旦那と繋がってたのかは理解しましたよ。それで、ですが。その3,000の軍勢の話。俄か信用に足りませんが。あんたらお偉いさんは刀も抜けぬでしょう?先日殺害された公家は扇で対抗する有り様で」
「そうか」
「そうかじゃありませんよ。あんたが検分したんでしたよね」
「…見てわかる通り、俺も刀は使えないよ、ただの一介の茶屋」
「あの時の判決は薩奸と下ったようでしたけどね」

 確かに、自分にはわからない話だ。

「お前が言いたいのはなんだ、一体」
「信用ならないって話で、僕の兄さん方も慎重になっている。
 一度面倒を見た僕たちは何故捨てられたのかという話です」

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