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「なっ、」

 護衛が食い掛かろうとするが「まぁ、」とお偉いさんはそれを制する。

「そうじゃな、まさかと思うじゃろう…。
 妾の名は淑子・・じゃ。親王とは役名であり、皇女、ということで」
「…は?」

 ポカンとした土方にその淑子と名乗ったお偉いさんは、「確かに皇女で役職を世襲した者は今までいなかった。妾は前代未聞なのじゃ」とさっぱり言う。

 ……なんだそれは。確かに複雑怪奇だ。
 場は静かに混沌として行く。

「まぁ、どうしても役職に天皇の嫡子が必要なんじゃが、人員がいない。お主の驚きもわかる。それくらい時勢は酷い」

 土方はすっと…男前、仕事をしているときの顔つきに戻り、まずはポカンとしている伊東に「話は全部あとで聞く。すぐに誰かを朝廷と藩邸に寄越せ」と命じ…翡翠の肩に手を軽く置いた。

「…正直、胡散臭いままだ。悪いがお偉いさんだろうと、ウチの主に取り次ぐわけにはいかねぇ。
 お偉いさんじゃぁ、承知の通りウチは幕府の、会津藩預かりだ。
 しかしこの状況、事は内密だな、お偉いさん。悪いが俺が同行させて貰う」
「なるほど、それがお主の理か。良いぞ」
「…こいつが一番藤原と近しいと思う。道案内をさせよう。
 翡翠、藤原は條徳寺か」
「…はい、」

 ふ、と笑ったお偉いさんは「頼もしい限りだ」と駕籠へ戻って行く。

「…土方さん、」
「…取り敢えず連れて行け。これは、ウチが蒔いた」
「違います、」
「違くねぇんだ」
「でも」

 ……まだ、死んだかどうかすら、なんとなくしかわかっていません。
 その心情を察したかのように、土方はだんだらの羽織をぱさっと伊東の手元へ脱ぎ捨て、拳でぐっと肩を押してきた。

「この目で事を把握したい。いいな?」

 …どうも、複雑な。友とも仲間とも違う人。
 まずは確かにと、翡翠は土方と共に壬生寺を後にした。

 壬生寺から出てすぐ、声を潜めた土方が「経緯はどうだ」と翡翠に聞いてきた。

「…ウチに藤嶋さんが…薩摩の…セゴウ?さご?さんと来て…伊東さんと」
「…西郷隆盛か、もしや」
「あ、そう、そんな名前やったかも」

 さらに声を潜めた土方は「…なんであれがあれと?」と聞いてくるが。

「わかりませんよ…」
「で、岡田は…」
「寺の外に…いて、」

 あの、感触が思い出される。
 手が震えそうだった。
 あの傷は貫通までしていない、恐らくは腹あたりで…。

 ふっと、着いてくる駕籠を振り返る。
 ……本当は、わかっている気がする。事は重大であり……。

「藤嶋さんは……刺されたに、等しく」

 だとすればいま、トキさんは…。

 パッと走馬灯のように過ったのは、不思議と最近のような…藤嶋が條徳寺を出ていく前の晩の事だった。

『多分、最後だよ』

 ふと笑って自分に触れる意味がわからなかったけれど。どこかでわかっていたような気がしてならない。
 あれが欲していたものは、ただの破壊ではなく、破壊で言うならば自分自身の事で…。

 なんとなく土方を見れば、ただ月を眺めているような、考え事をしているような読めない表情。

 多分、わかっていたのかもしれない。だからこそ、こちらは何も知らなくて。

「……土方さん」
「…なんだ」
「あんたは例えばこの先、何かを捨てることになったら、それを墓場まで持っていきますか?」
「…なんじゃ、そりゃ」
「いや、なんて言うたらええんか…」
「そんなでっけぇもんなら、多分捨てねぇよ。落ちたとしても」

 …そうか。

「…そんなもんですよね、普通」

 捨てられなかったものを突き立てたのは、確か自分だったはずだ。
 それが理と道筋というのならば。

「勝手やねんな………」

 互いに、どちらも。

 人里から離れ、静かになってきた頃合い。
 條徳寺の前に来て、あぁ、こんなに静かになってしまったんだっけかと思えば、月明かりで僅かに見える血痕と血生臭さ。
 恐ろしいほど静かなのに、本堂から明かりが少し漏れている。

 何かを察したのかはわからないが、その戸がふっと開き、逆光で暗く見えるがそれは朱鷺貴で、翡翠にはすぐにわかった。

「トキさん…」

 作務衣でない、法衣に着替えてある。
 どこかではわかっていたはずなのに「はっ……、 」と、つい声が出て口に手を充てた。

 行動の後に実感が心に追い討ちを掛けてくる不思議。

「……おかえり」

 とても落ち着いて静かな声。
 翡翠を見て朱鷺貴は笑ったような気がするし、ならば苦しそうな物だろうと…夜目が効いてきた。

 面々を眺めた朱鷺貴は「あぁ、」と、少し疲れたようなに言う。

「…仕事だ」

 まるで耐えたようなその一言。充分すぎるほど理解が出来て…足が震えそうだった。

 朱鷺貴のそれを思えば、自分もそれどころでもない。

「…トキさん、」

 しかしどうしても抑え込んで眉間にシワが強く寄り、「すまへんっ、」と側に行き袈裟を引っ張るように握ってしまっていた。

「……バカ、」

 いつか、藤嶋は自分に言った。極楽に死にたいか、息切らして死にたいかと。

「…どっちやった、トキさん」

 答えは返ってこないけれど。
 ただ、本当にきっと今しか言えないだろうと、「すまへんねトキさん」と謝れば、頭をポンポンとされ「湯飲みを宜しく」と言われた。

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