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『今年も猛暑はまだまだ続きそうですが、明日はもっと暑くなりそうなんです。
今年は100年に一度と言われる猛暑日が続いています。
と言うのも、夏の気団というのは大陸の低気圧と』
天気予報士は、至って爽やかに説明を施している。
「鬱陶しいわ良い加減…」
元気もなく、げんなりしたように言う修介は、力を込めイライラと、灰皿にタバコを揉み殺した。
後ろのキッチンからは、[#ruby=春夏_#]が素麺を茹でる音がする。
「ついに続いちゃったね、100年に一度」
ソファにだらしなく寝転ぶ由紀子は、アイスを齧りながら意味もなくそう言った。
それはもう、足はだらけているのだし、シャツは2番目くらいまで開けている様。
「いやこんなもんはもう10年は続いてるわ」
ダルそうな修介はまるでテレビを消すようにチャンネルを黒くし、「由紀子、やるか」と由紀子へ振り向いた。
眼鏡が少しズレている。
「流石に10年はないだろ」
「はぁ……」
春夏の声に、わざとらしく溜め息を吐き眼鏡を直す修介の様は、まるで眉間のシワを伸ばしているように見える。
「溶けそうだね〜、外〜」
梅雨明け、夏休み2回目の土曜、まな板で食材を切る音すら遠く聞こえるような昼。
「おいゲーム後にしろよ、もう出来たっつーの、」
キッチンから春夏の叱咤を受け、更には「どっちか持ってけ」とまで要請された。
やはりふぅ、と溜め息を吐いた修介が重い腰を上げ「今日は何」と、春夏に昼飯のメニューを訪ねる。
「ゴマダレ、冷やし中華風」
「その発想斬新だわ、あるようでない」
「だろ」
まるで飲食店のホールのように、3皿の冷やし中華風素麺を腕に乗せた修介が、テーブルに着く前にまず、ソファの側で突然しゃがみこんだ。
冷房にぼんやりとし、足を肘掛けに投げていた由紀子は、股ぐらから覗いた修介の眼鏡に「ちょっと、」と危うく踵を落としそうになってしまった。
「っぶな、」
「ビビった、ごめ、いや違う、見ないでよっ!」
「見せてるだろそれ、丸見えだわ色気ないなぁ」
「おいバカそこで止まんな、あぶねぇよメガネっ!」
修介が素早く股ぐらから消える。
由紀子を見下ろした春夏の髪は結われていた。きっとキッチンの方が風も来ずに暑かったのだろう。
まるで一瞬、時が止まったように由紀子は春夏と目が合ったが、次の瞬間にその薄顔は反れ「うっふっ、」と、堪えたよう。
しかしそれも束の間、「くっはっはっはっは!」と春夏は肩を揺らして笑い始めた。
運んできていた野菜ジュースが落ちないか不安になる。
「バッカおまっ…、は、早くしろよっふふふふ」
「はぁい…」
あぁあ〜と、どうやら修介も由紀子と同じ不安になったようだ、然り気無く春夏から野菜ジュースを取り上げるが、ふつふつじわじわと沸いたように笑う春夏に「どうしたんだハル」と、引くように尋ねる。
「いや…っ、」
「笑わないでよっ!」
それで漸く由紀子に羞恥心が沸いた。
さっと制服のスカートを押さえソファから降り、正座をした。
この、ガラスのスタイリッシュな低いテーブル。いかにも、修介だか春夏っぽいデザインだが、これはちゃぶ台ではないよなと、無駄なことを考えて羞恥を逃がそうと試みる。
冷やし中華素麺をそれぞれの前に並べる修介は春夏の異常なツボにしか魅入っていない。
卵とハムときゅうりとトマト。確かに、“冷やし中華素麺”。
「いやさ、」
まだ半笑いで野菜ジュースを配る春夏の目は最早若干光り始めている、これは定期の蒸し返しが始まりそうだ。
「いただきます」
勝手にそそくさとそう言って冷やし中華素麺に箸を通した由紀子と、「話さなかったか忘れたけど」と続ける春夏。それに耳を傾けながら修介も側に座って箸を通していた。
「あの…こいつとの初対面な、まさしくこれ。思い出したらもう……」
「あぁ、漫画みたいに後ろにスッテーンしたってお前爆笑してたよな」
「あれ、あの……そう、お前、あれランドセルあってよかったんだぞ由紀子」
やっぱりそうだ。
「もうそれ超聞いたし恥ずかしいよハルちゃんっ!」
「こう…ブランコにちょーどよ?ちょーど足引っ掛かってマジパンツ丸見え。いや奇跡すぎんだろこいつっ。
ど、どうしたらいいんだこれって俺が最初にやったことはそう、実は一徹に由紀子を預けてポカリ買いに走ったんじゃない、その前段階でまず足下ろして隠してやったんよ、」
「紳士だねぇ、俺なら写メ撮ったね、こうもなってんじゃいつでも見せてネタになったし」
「当時ガラケーだしまずそんな冷静じゃねぇよ普通に。何事だよってビビったからな」
「あーやめてやめて、ホンっトに恥ずかしいっ!それだけは誰にも言わないでねホントにっ!」
不定期、特に夏に掘り起こされる由紀子の黒歴史。実際熱中症の由紀子はその詳細を知らない。
それだけに、毎度由紀子はこの話題に縮こまるしかないが、これは不定期定例会。
この二人に対しパンツ丸見えくらいでは何も感じなくなっているのが我ながら恐ろしい、どこか羞恥で冷静に捉えていた。
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