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「…正直わからなくてさー…」
ちょっと、何故だか言い知れず切ない。
大人になる自覚もぼんやりしているのに。
「決まってないなら、今は進学だな」
「説得力あるなぁ。ハル大学出てんもんな俺と違って」
「嘘っ、しゅうちゃんこそ、出てないの!?」
「出てない出てない。金も大してなかったし」
「蹴ったくせによく言うわ」
少しばかり春夏が何故か切なそうなのを修介は確認したようだが、特に何もなさそうにゲーム機へ手を伸ばし「違うっつーの」と言い返した。
「俺には向いてなかったんだよ、ハル」
「確かにお前はバカだけど」
「うん、そ。バカだから金使いたくなかったの。そんでもお前よりはまぁ、稼いでなくても安定じゃん」
「皮肉なことにな」
「本職止めたら?そしたらアルバイターだけどね」
「だったらバイトやめるわ、カッコ悪ぃ」
「大人って大変だね」
たまにこういう瞬間がある。三者三様の壁が。
きっと修介は春夏に辞めて欲しいし、それをわかっていて春夏ははぐらかすのだ。
由紀子の知り得る知識は、多分、春夏が本職を辞め本家と縁を切るには、指も切らなければならないということ。しかし、それは嘘だろうということもなんとなくはわかる。
勿論風の噂でしか知らないから、「難しいね」と留めるのみにするのだ。
「お金掛かるよね、やっぱり」
「行きたいなら出してやろうか?」
「うーん、でもまだ何も決まらなくてさ」
「まぁなぁ。けど昔と違って今は就職に必須くらいなもんだろ?」
「そうだねぇ、その勢いかも…」
気まずいのかはわからないが、ふいに修介が春夏の髪の表面を掬い、三つ編みを作り始める。
「そんなに伸びたか」
「3つ分」
「暫く切りにも行けてないからなぁ」
「今日行ってもよかったじゃん?」
由紀子は出しかけた英語のテキストを都合良くしまった。
「あー、まぁそうか…」
「ハルんとこはショッピングモールに入ってるし、買い物でもしてれば暇じゃないよ」
「じゃー明日行くか。
由紀子、だから今日は、宿題な」
しまった英語のテキストはやはり出す他になくなってしまったようだ。
「…二人とも得意だよね?」
しかし当の春夏は肘をつき修介をぼんやりと眺める、修介は自分で作った春夏の三つ編みを解いてソファーに寝転びケータイゲーム機をかちゃかちゃやり始める。
そして互いに「メガネの方が得意なはず」「ハルの方が出来るはず」とハモる。
「いや、俺高校授業出てないし。ハルなんて留学とかの話あったじゃん」
「してないし」
「そういえばカナダがどうとか昔言ってたかも」
友達が転校してしまう、いなくなるんだと、密かに寂しかったのがちらっと思い出された。
「専攻してたんだよな?」
「してたけど、」
「二人とも英語の唄よく聞いてるよね」
「でも日本人のだよ」
「こっちは文法が破綻してるやつだから」
なんだそれは。
いまいちわからないが「取り敢えずネイティブじゃない」は二人で一致したみたいだ。
「私英語苦手なんだよ、ねぇ」
「知ってる」
「俺も苦手だよハルちゃん。
わかった、歌詞カード持ってくる」
はぁ、と溜め息を吐く春夏と、ゲームを置いて寝室に向かう修介。
RPGの画面はストップしている、素麺は延びている。
本当に食欲がないんだろうかと春夏を眺めれば、確かに少し痩せたようにも見えた。
修介はすぐに戻ってきた。歌詞カードと、イヤホンに繋がれたウォークマン2つも手にして。
「スピードなんたら」
赤いのと黒いの。ウォークマンと歌詞カードを春夏に渡した修介は再び寝転びゲームを再開した。
凄く派手なデザインの歌詞カードを開き「まずこれ」と歌詞を指す春夏の指は綺麗だった。
その英文を書き写し始めてみる。
英詞とはそんなものなのだろうか、何回も同じフレーズがあるようだ。
思ったよりも意味はわかるかもしれない。確かI have略してI've。haveは……持つ?だったような。
「veってhaveの略語であってる?」
「そう。けど思ったより厄介。be動詞に似てる」
「be動詞は……amとかisとか…存在動詞って言うんだっけ」
「そう。
haveで言うと例えば……I have a pen.ならわかりやすい、「私はペンを持っています」だとして、I've been。「行ったことがあります」に形を変える」
「そう!それよくわかんないの!」
「ニュアンス的には「所有する」という感覚だな。うーん、何て言ったらいいかな、逆に難しいな」
「所有する…」
「例えば俺とお前はこうして何度も…10年間、会ったことがあって知り合いだ。そうだな、これは“思い出を所有している”、かな。We have been friends since we met 10 years ago.で、ここ、私たち、持っている、な。have beenで現在完了形」
聞き取りやすい、穏やかな声。
書き込みながら一つずつ春夏が解説する後ろで、「ミスタービーン」と修介が口を挟むのに、「うるせぇバカ」と春夏は一蹴する。
いつもと変わらない夏休み。ふとそう、感じる。
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