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 特別言うこともないしと、リビングに顔を出さず階段を上ると、三段目で「由紀子、」と、母は呼び止めるようにリビングから現れた。

「ただいまお母さん」
「…お帰り。
 由紀子、今日も夕飯頂いてきたの?」
「うん」
「…ご迷惑じゃないの?毎度毎度」

 特に答えずにいれば「今度何か…」と体裁を繕う。
 わかっている。良い顔をしていないのだと。

「きっと…二人だし、そんなに受け取らないよ」
「…男の人二人なんだよね」
「うん」
「…由紀子。もう少し、…ね?」
「何?」
「わかるでしょ?」

 二人の姿が浮かぶようだ。
 あーね、だなんてしゅうちゃんは言いそうだし、確かになぁだなんてハルちゃんも否定はしないんだろうし。

「うん」
「由紀子だって来年には受験なんだし。そんなに」
「そういうんじゃないよ」

 言いたいことはわかる。たまに言われてきているのだから。

「全くない」
「…どうしてそう言えるの?ねぇ、どんな人なの?」
「優しいよ。熱中症のとき」
「そのお礼だって」
「聞いてみるけど。多分そういうのいいって言う」
「あのね、」

 これ以上話したって何もわかってもらえないんだからと、由紀子は少しうんざりして「うん」とだけ返事をし、二階の自室に向かう。

 母はそれ以上何も言わない。

 着替え、読書感想文はどうしようかなと机に座ったとき、とんとんとドアが叩かれ間髪も入れずに開いた。
 「おねーちゃん」と、茶髪になった亜里沙ありさがにやにやして部屋に無断で入ってきた。

 亜里沙の髪は日に日に明るくなっている。

「何?」

 亜里沙は今年受験だ。こっちは別に良いのか、と比較対照にしてしまうのを打ち消した。

「おねーちゃんの友達って、男なんでしょ」

 最近亜里沙はどうにもませている。去年あたりから彼氏の話も聞く。
 それに合わせ急に制服のスカートも短くなったし眼鏡も止めたし、こうしてなんちゃら休みの度に髪の色が派手になっていっている。

「そうだよ」
「ねぇねぇどんな人?歳上なんでしょ?」
「うん」

 好機を全く隠しもせずに亜里沙は由紀子のベッドに寝転ぶ。

 どんな人か。一番返答に困る。

 多分気が合わないわけではなかったはずなのに。いつからか妹と、話が合わなくなっていた。

「…お姉ちゃん宿題やりたいんだけど」
「ねぇその人たちイケメン?」
「さあ。考えたことあんまないよ」
「彼女は?」

 返答に困る。

「…いないでしょ」

 思わず歯切れは悪くなるのだ。

「友達って言うけど、どっちかとヤっちゃった?」
「…は?」
「どっちも?だとしたらウケる」

 何がウケるんだろう。

「違うよ、そういうんじゃないよ」
「でも毎週じゃん?そりゃぁお母さんも心配だよ、だってそれ」
「何?からかいにきたの?」
「まぁおねーちゃんがそういうタイプだとは思えないけどね〜だって地味だし」
「…うんそうだね」

 恋人というものを由紀子は知らない。
 だが、二人の空気感は友人より濃いもの……いや、友人というものだって自分は触りでしか知らないと、クラスの相田あいださんの顔が浮かんだ。それは学校の友達。

 自分だって、あの二人は相田さんより多分濃いものなのだ。
 じゃぁ何なのか、家族?でも自分の家族はこれ程遠い。

「ねぇ、明日も行くんでしょ」
「なんで?」
「あたしも会いたい。連れてってよ」

 …確かに二人は別になんとも変わらないだろうけども。

「彼氏はどうしたの」
「はぁ?別れたけど」
「え?」

 照らし合わせても亜里沙がここでぐだぐだと、サッカー部のなんちゃら君、だなんて言っていたのは…最後、夏休み前だと思うんだけど。

「早くない?」
「だってそれ夏休み前だよ?」
「1ヶ月経ってないの?」
「うん。部活ばっかで」

 …だから母親は心配するのか。

 いや、確かに亜里沙の変容は見て取れる、から、わかると思うが亜里沙は多分、親に話してなどいないだろう。

「あ…そう」
「ねーねー、一回でいーからさ」

 …自分だって、どうやら行ったことがあると判明はしたが春夏の“大豪邸”すら見た記憶がない。

 …二人の家族。修介の家族なんて謎だ、話題にすらならない。
 強いて言うなら、春夏のツキビト、らしい「一徹さん」という強面の人としか会ったことがない。
 一徹さんはわりとマメに会う。由紀子を「お嬢さん」と呼ぶのだ。

「聞いてみるけど、多分無理だよ」

 自分がそれもあれも、二人に許可を取ることはきっと一切ないだろう。
 嫌だった。なんだか嫌われてしまいそうで。

「うん、よろしくー。絶対だよ?」
「はいはい。
 亜里沙、宿題はいいの?」
「んー…」

 歯切れ悪い。

 まぁ、本気の心配じゃないし。経験したからわかる、案外高校なんて、受ければ行けるものだ。行きたいところかどうかは置いといて。

「お母さん心配してたよ」

 そう言うと妹は「わかってんじゃん、そーゆーのじゃないって」とぼやいて黙ってしまった。

 …そういえば明日はショッピングモールだっけ。

 由紀子は漸く、思い付きもしない読書感想文に立ち向かった。

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