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『いやぁ、我が社の社員だ、駆け付けるのは当たり前じゃないか』

 入社2年目あたりか、仕事を勝手に詰めすぎてパンクし会社で倒れた時、社長は直々に病院までやってきた。

「すみません、ここのところ詰めすぎまして…」

 まさか社長がお出ましてしまったと、かなり恐縮したものだ。

 当時一緒に住んでいた学生の晃彦あきひこですら、「いや、普通来るもんなの?社長って」と、社長に家まで送ってもらった際に自分に疑問を投げてきた。

「いや…多分来ないと思う…」

 何故その日、自分が倒れたことを社長が知ったのかすら、当時は不明だった。

 そして数日後に仕事へ復帰した際、自分の部署のデスクは空きになっていて、病院まで運んでくれた部長に「人事異動だって言われたぞ、大丈夫か?」と心配された。

 社長室まで、の文言の意味がわからず、これはやらかした、直々にクビ宣告だと思った矢先、

「君の業績はよく耳にするよ駒越こまごえりつくん。今日から秘書をやってくれないか」

 だなんて、言われてしまったのだ。

 お陰でより激務になってしまったが、なりふり構わず自棄になり仕事に打ち込むことがなくなった。そんなことをしなくても十二分に忙しいし、何より自己管理が必要となったからだ。

 あ、いや違うな。もう晃彦とは住んでなかった。
 そうだ、その際に「両親とも疎遠なんで」という話は社長にしたし、だから晃彦も気まずそうに来てくれたのだ。

 ……思い出したら少し、腹すら立ってきた。晃彦とのあの空気。入社した頃すら、

「え?個別だったの?普通そんなもんなの?」

 だなんて嫌な目で見られた。そう、新歓も社長直々個別だった。

 後になって、それは社長の色々な思惑があったのかと気付いたからにはあぁ、やっぱりあのあっさりとした態度、なんなんだ一体。

 いや傲ってもいるのだ、普通あり得ない、普通なら。俺はこんなに自分に酔うタイプだったのか、使い捨て一社員が全くと社長も言いたいのかもしれない。

 そんなことをぐるぐるぐるぐる考えているうちに(一応)定時帰社の予定まで来た。

 様々を思い出しているうちに、一体なんなんだとイライラしてきた矢先で帰れる。今日はハナちゃんママのお店に行こう。

 ついつい隙を見てSNSにすら「仕事、ついに辞めます!」と勇んだ呟きまでしてしまったが。

 そうか、帰れるのか。

 社長室に戻り、そう思った。

 朝から夜まで過ごせば、朝よりはすっぱりした気分で「では社長」と、更に「お世話になりました」とまで言おうと思ったときだった。

「ああそうだそうだ駒越くん。ちょっと、」

 あ、そうだ。退職金とか有給の話とか、してないな。
 と冷静にまでなれたところで「これさ」と、社長はデスクの上に自身のiPhoneをすっと出した。

「…はい?」

 一体なんだ、業務用じゃない方?
 
 社長がケータイを覗きながら開いたのは画像フォルダーだった。

「え、」

 随分肌色の画面、寒気がした。

 それが何かという理解はあったが困惑ばかりで、容赦なく再生ボタンを押す社長は、イヤホンすらないその音量をMAXにし、満足そうに腕を組む。

 ねちゃねちゃ、うぅ、あぁっ。

 裸の自分が動いている。角度は下からの目線。

 「ちょ、撮らないで」と恥じらって言う自分に「たまにはいいでしょ、明日から出張だし」と言う社長の声。

 喘ぎは増した。

「………っ!」

 頭が真っ白になった。
 疑うことなき、ハメ撮りだ。

 はっと社長の顔を見れば彼はにやっと笑うのみ。
 咄嗟に「ちょっと、」とケータイを奪おうとしてしまったが、ひょいっとかわされてしまう。

 待て。
 なんだこれは。

 自分の性器もばっちりゆらゆらわなわな写っている。

「……社長っ!」
「何?」
「これ……、」
「許可取ったでしょ」
「おっ………」

 声すら裏返る。

 血液が下へ下へ下がってゆきヒヤリ。
 倒れそう、くらくらする。どういうつもりかこれは……。

「脅しですかっ!」
「脅し?人聞き悪いけどなんでその必要が?」
「…じゃあなんのつもりなんですか、」
「いやさぁ、」

 ピコっとケータイを切った社長は「なんか君誤解してるけど」とつまらなそうに言う。

「如何にも今から、「今までお世話になりました」とか言い出しそうだったから」
「えっ、」

 言おうとしてましたけど。
 なに?

「…退職は、OKなんじゃ…」
「今日出して今日はいさいようならなんて出来るわけないって朝言ったよね」

 ……一ヶ月前なんちゃらかんちゃら、あ、そうだ言っていたけど、あれ?

「…早急にでなくとも、というのに貴方が「これは早急でしょ」だなんて、」
「早急に対処するよ?だから後続に早く引き継ぎをしちゃってよ」

 ………頭が真っ白になりかける。
 ん?は?え?何を言ってるんだこの人は。

 社長は一つ、“辞表”の封筒を出し、中身を見せてきた。
 なるほど、それだけはまだ判子が押されていない。

「えっ、と……」
「変わりはいくらでもいるから明日朝イチには呼んどくけど、こんなの君の仕事なんだよね。まぁ、良い機会だから俺がやるよ」

 更に社長はカレンダーを見ながら指を三本折る。

「今月末日まで3日しかないからね。まぁ、そこは緊急だし明日も同行を許可する。スケジュールも詰まってる分、あるでしょ?」
「………」
「というわけで、お疲れ様、りっちゃん」

 ……そんなぁ。

 仮にも、あんな仲じゃなかったか。ちょっと待って、ここまでくると冷酷無慈悲だ。
 いや、だから辞めたかったんじゃないのか、そうか、そうだったよな。

 複雑な心境のまま律は「わかりました、お疲れ様です」と、口調は冷静さを取り戻し、社長室を退出した。

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