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「………!」

 肩の黒子とか!だなんて焦っているハナちゃんママを差し置き、イヤホンをぶち取った律は思わず自分のケータイからシズオミに「消してください、通報します」だなんて冷静に返したつもりだが、

「ダメダメりっちゃん!冷静に対処しなさいよ、構っちゃダメよ!あたしからも通報するから、」

と、どうやら自分はやはり、冷静ではないようだ。

 件のリプには更に「やべぇ」だの「え?なにこれ何ビ?」だの、感情の読めないリプが付きまくっているのも目に入る。 

「いや、え、えっと、」
「盗撮?なんなのこれ。これ社長?はっきりしてるけどよく…かなり年上よね?」
「うぅぅ、はい、社長ですぅ…、」
「大丈夫、わかんないからこれなら…」

 と話しているうちに一件、有象無象の中から発見してしまった。これは捨て垢じゃない。

『実はリア友だけど…これマジでお前じゃん、通報しておくわ』

 …アカウント名『ゲス野郎@機械光学』…いや、誰っ、君!アカウント名っ!機械光学とか大学ですら取ってないよ!

『え!誰!』

 とつい、恐怖のあまりに送ってしまえばすぐ、ゲス野郎から『DMする』とリプが来た。フォローバックする。

 即、28件目のDMが来た。

 というかメッセージ、パッと目につく限り「男?」だの「女の子じゃなかったの!?」だの、全くどうやってわかったんだ布団被ってんじゃん、「目障りだ」だのもあるし、逆に「大丈夫?」もある、けど大多数は「ヤバイ」。

 ウザイ、消えてしまいたい、アカウント消したい、ほっといてくれ。顔も知らないやつ半数以上。

 件のゲス野郎のメールを開けば「高校のときの、赤坂敏夫です」とあった。

 ホントだ!マジのゲス野郎だっ!初彼擬きだった。ちょっと待って、なんて返そうと眺めているうちにも、通知がバンバン忙しない。

 呟きに戻れば社長が暴れ始めてしまったようだ。
 何個も何個も短い動画を貼り付け始めた。どんどん過激なものになってゆく。

 モザイク処理を勝手にしているが超意味ない。マジか、ホントに血の気が引く。
 しかも「やべぇ俺でもイケそう」だとか肯定的(かなり迷惑)なリプに対しどんどんどんどんと、

「いいよー。あげる。DMちょうだい〜」

 だなんて、クソぅこのジジイDM機能を覚えやがった、どんどんと勝手に裏アカにされてゆく。てゆうかいつの間にSNSなんて…っ!

 ヤバイ、ヤバイと急速に焦っていくうちに「やめなさい、」とハナちゃんママにケータイを取り上げられてしまった。

「見ない方がいいよりっちゃん。
 こんなの、このクソ野郎、バンするから、落ち着こ?」

 苦い顔で忌々しく言うハナちゃんママに、急に泣きそうになった。

 さっき一瞬見えた肯定派、FF外から失礼します、こんな会社コンプライアンス的に辞めて正解ですよという明らかな女子アカ。その通りだ。だが、誰だお前、うるさい。

 「はいはいはい、」とカウンター越しで肩を撫でてくるママがふと、「…女っぽくなったわね…」とつい漏れてしまったらしい。
 律は羞恥のあまり、ガンっとカウンターに額を落とした。

「相手わかってるんだし、名誉毀損とか…」
「………名誉毀損は、ど、同意ですと成立しませんしぃ〜…、相手、年商、一応億とかの、しゃちょーですもんん…」
「いや、ほら、動画掲載の同意はしてないでしょ、明らかに貶める行為じゃないのよ。画像もこれ、盗撮でしょ?」

 ケータイは静かに側に返されたが、もう疲れてしまっている。なんでこんなことするの、あの人。

 所詮、セフレ程度で飽きられるだろうと思っていた。嫌がらせをされるなんて。

 確かに強引なところもある人だった。

 嫌われるようなこと…そんなことすらなかった、穏やかで優しい声を思い出す。あの優しさはなんだったの。
 それとも何?怒ってるの?会社辞めるってのが?傲っているんだろうか、本当に思い付かない、それしかない。泣きそうだ。

 そこからの初恋初彼擬き、あいつかなり引いていたクセになんなの。どうでもいいヤツ程無駄な言葉を吐いてくるな。ぐしゃぐしゃする。

 いっそ殺してしまいたい、いやもう、殺してくれ…。

 暫く、こっそりと若干泣いた。顔をあげられなかったけど、ハナちゃんママは別の客と談笑はしているが、何も言わず側も離れなかった。

 今頃何が起きているか、ヒヤヒヤする。吐きそう。無理かもホントに。

 脱力に近くなりケータイを手にしようとした頃、ドアが開いた音と「あ゛っ!アキヒコ!」と、ハナちゃんママの声がヒキガエルになった。

「あ、やっぱまだいた」

 晃彦っ!

 ガバッと起き上がる。
 学生晃彦とは違う、仕事帰りだろう、ワックスしてちょっとスーツを着慣らしてる大人の晃彦がこっちを見ていて言葉を失った。

 うわ、カッコよくなってる、なんなのお前。
 何、ハナちゃんママ、まさか呼んだの?いや、そんなわけない、あの泥沼別れをぶちぶち話して聞かせたもの、当時。

 晃彦は「これ」とケータイを持っていた。
 よくは見えなかったが多分、ハナちゃんママの「ハナの宿、開店です♪」投稿だと思う。そうだ、さっき撮ったよ。

「あーアキヒコ、あんたはルリちゃんとでも喋ってなさい。
 りっちゃん、もう奥行こ、奥。ほら、ほうれん草は持って。ね?」

 言われて律は、お通しを持ち席を立つ。

 何か言いたそうな晃彦とすれ違い様、「あれ?痩せたな律…思ったけど」と物憂げに言われてしまってはついに、ボロボロボロボロ涙が出てきた。

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