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「…大丈夫じゃねぇよなそれ」
「はい、アキヒコはいー」
「大丈夫じゃねぇだろどう見てもっ!バカ!」

 ぶっ叩きたくなってしまったが「いーからアキヒコ!ほら!なんで来たの全く!信じらんない!」と、律はハナちゃんママに、スタッフルームへ連行された。

 うぅぅ、ひっく、としゃくりながら律は今日の洗いざらいを話した。

 「ほらほら拭きなさい」とおしぼりを渡され、ちょっとの抵抗感から目頭のみを拭くことにする。

「…でぇ、さっきのDMが高校の初彼擬きでも〜ぐちゃぐちゃ」
「うわあナニソレ…引くわ〜…。
 あれ、りっちゃん初めて会ったとき童貞だったじゃん」
「はい〜。あいつは擬きなんで何もなかったんですぅ〜」
「なるほどね」
「いざとなったらちんこに萎えたんですよあれ〜、すぐ彼女作ったあいつ」
「………晃彦に近いわね、なんか」
「そう何、あいつ、なんで来たの。さっきの写真写ったの?俺」
「顔は写してないけど元彼ならわかるやつ」

 ちらっと見せてくる画面。なるほど見切れてるけど顔以外、というところだ。
 …端と、ほうれん草をつまんだ手元。

 え?なんか自分の認識以上に細く見えるけど何この草食男子感。え?なんだろうハナちゃんママがデカいから?よくわかったなあいつ。

「…晃彦、よく来るんだ」
「んーたまによたまに。会わなかったでしょ?
 りっちゃんにはあんまりピンと来ないだろうけど、27なんて仕事もまだ必死なもんよ、なかなか来れないって」
「……そっかぁ、」
「アキヒコはりっちゃんを諦めてないのよ」
「…いや、俺は晃彦の、浮気現場ってゆうか自宅だけど直撃だったんだって」
「うんそうよねぇ、あのバカアキヒコ。今更何、て感じだけどさ。社長かアキヒコかで言ったらアキヒコの方がマシな気がしてきた、なんか…」
「……だって、晃彦は女もいけるもん。そういうことじゃん?」

 修羅場には、ならなかった。ただただ引いた。が、それよりもあの頃は切なかった。

 いや、いまでも切ない、少し。やっぱりそういう人とは付き合わない方がいい、と。
 社長にしても、それをずっと引きずっている。

「まぁ、当時からずっとアキヒコには言ってるけどね、クソバカ最低いっぺん死んで来いって。社長さんそれを余裕で越えたわあたしの中で」
「…でも、」

 言葉に詰まれば「全くバカ律」と言われる。

「自己顕示も独占欲も強すぎて引くわ社長。サイコパスよね。あんたいつか刺し殺されちゃうわよ」
「…きっとそういうんじゃないですよ。
 なんか、晃彦もそうで。学ばなかったのかも。行きずり良くない…、俺が悪い、ホントに」
「ハプニングならパツイチにしなさいよって最初に教えたでしょ?
 全体的になんか…ニブチンなのか鋭すぎんのかハッキリしてよ。あの男あんたを離す気ないと思うけどっ」
「うぅ〜、ハナちゃんママ今ちょっとキたカッコい〜、抱いて〜」
「あたしはパツイチはパツイチって断固として決めてますから。言ったでしょ、あんたひょろくてちょろくてタイプじゃない、あたしもネコだし。あんたなんて初じゃなきゃ食わねーわよ全く。スパッと切っちゃいなさいよ女々しい!」

 痛そう〜…、いや違う。でもこうまでノンケやらで外れを引くといっそ切りたい気もしてきた。勢いでこのまま美容外科行こうかな。

 あぁダメだ昔からそう、自分はどこか変に自暴自棄なんだ。もう多分それはゲス野郎からの流れを汲んでいる。

 大人になれない。何故だろう。流されやすいからだ、間違いなく。

 そうすればいざとなった時に楽なのだ、これだけは学べた。けどノリに乗れない、いちいち考えすぎて仕方がない。

「…なんであと一歩行かないのよ、流れちゃってるじゃないの」
「だって、」
「だってもクソもないわ。
 …まぁ残念ながらわからなくもないけど。あたしはだから恋するのは辞めました」
「……ハナちゃんママカッコい〜っ」
「何がカッコいいもんかただの怠けよ怠け。最近は夜中にラーメン食っても罪悪感も湧かないわ」

 「髪食ってるわよ」と言いながら髪を耳に掛けてくれるハナちゃんママにふぅ、あぁもう……と力が抜けそうになった時。
 ケータイの着信音にビクッとした。

 見なくてもわかるけど、いや、なら理由がわからないと謎の恐怖に画面をチラ見するとわかってはいた、「志津沼社長」。

 「やめなさい、」と言われるのと同時には取ってしまった反射神経、自分の畜生具合に傷付く。

『あぁ、駒越くん?』

 ごく平然な様子の社長に、確かにサイコパスだなこの人、とまた少し激昂してくる。

「はい」
『おや……?いま自宅じゃないね?』

 全くいちいち…。

「はい、出ていますがどうしましたか」
『明日の件だけどヒラハラさんって子が来るから。その連絡。弟の会社の子』
「……弟の会社」
『丁度良い子がいたよ』

 あちら側はなんとなく無音だが、もしやいままで探していたのだろうか……20時48分。
 マジだなこの人。

「…畏まりました。
 社長、今会社ですか」
『うん。終わったし夕飯を』
「幸い俺もまだ近くにいますんでお伺いしても宜しいですか。大至急で30…15分も掛からないと思います」
『ははは、二丁目?別にいいけど何?』
「お会いしてお話致します」

 切った。
 自分でもビックリするくらいに声が低かったような。
 ハナちゃんママも呆れというか、明らかに「……怖っ」と引いている。

「……ん、待ちなさい、りっちゃ」

 財布から適当に金を出し「ママありがとう」と感情を押し殺して店を出た。

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