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「ねぇ晃彦」

 3回目、すでに呼び捨てになっていた。その日は月齢18から19の寝待月ねまちづき更待月さらまちづきの日。

 引っ越し期間に、俺を忘れていたらどうしようかと思ってめちゃくちゃメールを送りまくった成果。

「その月のやつ、なんなの?」
「あぁ、これ?
 うーんそういえばそうだね。望月だから昔入れたんだ、特に意味もなく」
「…何それ」
「毎日教えてくれんだよ。
 …そういえば特に気にすることもなくなってたな」

 律は素肌のうつ伏せで「そうなんだ」とぼんやりしていた。
 初めて聞かれたなんて、当たり前っちゃ当たり前だけども。

 じわり、じわりと。

「興味ある?」
「んー?そうだね、試しに聞いてみたい」
「あそう。寝待月は寝て待つまで出ない月。更待月は覚えてないけど、更に待つんじゃねえかな」

 終わって水を飲んだ俺に「ちょーだい」と、可愛かったので口移しをする。
 溢れるくらい。

 キラキラして眩暈のようだなんて、今までで一番の絶頂で気付いた日。

「母さんは月まで読めんだってさ」
「なる…ほどね、」
「眠い?」
「ちょっと」
「風呂入れるの待てそう?」
「…頑張ります」
「いや頑張らなくて良いよ、じゅーぶん頑張ってくれた」
「…恥ずかしいからやめてよ」
「可愛いなぁ」

 一大決心をしているが、今なら流せそうだと髪を撫でる。
 気持ち良さそうに目を閉じられてしまったので、顔を近付け「動物とか魚好き?」と聞いておいた。

「…ん?」
「どっちかって言ったらどっちが好き?」
「…なんで…?」
「動物園か水族館に行きたくて、今週の土日あたり」
「…ん?」

 起きてくれた。
 また考えたように俺を射抜く目で見てくる。

「…俺ね、獣医になりたかったんだよ」

 心なしか声が明るく出てどこか切迫する。

「…好きなの?」
「うん。超。潜水士とスキューバの国家資格取るくらい」
「…凄いね」
「いや、わりと取れ」
「いいな、そういうの」
「…だって、好きだもん。
 獣医も国家資格取りたくて」

 キラキラ、キラキラ。
 律は笑って「応援するよ」と言ってくれた。

「ま、こっちは無理なんだけどさ」
「…なんで?」
「学科ミスってというか、ちょっとわざとはあるけどね。看護師くらいは目指してるけどホントは館で働きたいから取った。
 ねぇ律」

 側に寄って「どうかな」と耳元で囁いてやる。
 身を捩りくすぐったそうに「いいよ」と了承を得たので更にキスまでした。

 暖かくて気持ちいい。

「…じゃあさ、」

 また身体中を触れば「…ん?」が甘くなる。

「付き合ってくれないかな」

 なんと言ったか、掻き消されるように。ただ、寒くも寂しくもなりたくない。いっそひとつが良いような…いや、やっぱり別でお互いを感じたいから。

「ん、あぁ、」
「ありがとう」

 どこに触れても締め付けられる。
 生きていると感じる暖かさに、ゆっくり深く。

「…どした、の?」
「なんでもないよ」

 夜と溶け合った、その更待月。その裏側を知りたいなんて。
 忘れないように、起きて待っていよう。

「んっ、」

 その眉を潜める熱さ、絡まる体温。
 それが、幸せだった。子供のような、大人の囁きで。信じていたい、自分のことすらも。

「…気持ちい?」

 胸を射抜いた、幸せな時間の側にいたい、少しだけ冷たい体温にそう、ずっと会いたかったんだよ君にと、じんわり、何故か泣きそうになった。

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