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レンジの音が鳴る前に、どちらも取り出しそっと部屋に持ち帰る。
部屋も温まってきたようで、お姉さんは今まさにワンピースを脱いだばかりだった。
少し、背中に痕が残ってる。今日も散々だったのかもしれない。
「背中に付けられてるね…痕」
「え、嘘っ、」
灯はテーブルに食事を置いて「このへん」と、お姉さんの右肩あたりをそっと指でなぞった。
「サイテー、もう、残さないでって言ってるのに」
「いるよねぇそういう人」
「これじゃ暫く正常位じゃない」
「ここ、逆に露骨な場所だもんね。ごめんね目についちゃったからつい…」
「ううん、いいよ。暫くいいや、店でやる」
お姉さんがもぞもぞと部屋着に着替えているのを見て、「男ならかなり悩むかもそれ」とポツリと出てくる。
「背中だと、そっか」
「そうそう。ピンサロもないからやるなら然り気無ーく…こっちの手腕になるかなぁ。着たまま、とか…?」
「なるほど〜…。
あ!灯ちゃんこっち食べればいいのに、足りる?」
然り気無く中華丼をお姉さんの前へ置いたことに気付いたらしい。
「あ、大丈夫だよ」と促せば、「いただきます」と蓋を開け始めた。
「いただきます。
でもさ、ブラジャーあるとどうなんだろ?脱がないと無理?」
「うーん、いや、それも手腕よ?ブラウスにしちゃおう。前だけ見えりゃ良いんでしょこんなの」
「あはは、なるほど」
俺もそういうとき多い。
言おうとしてやめた。自分は傷を気付かれにくい。
今日はねー、と、それからお姉さんの愚痴を聞いてみる。
「多分ねイチゴのローション使ったからなのよ!鰻みたいな気持ちだった!」
だなんて、話し口調が明るいからか、不思議と深刻にもならず「鰻かぁ」と聞きやすいのだ。
きっと、本当は散々だったんだろうに。
自分がここへ来たときにはもうすでに、お姉さんはここに閉じ込められていた。
この仕事が長いかどうか、どういう経緯か、そして名前すらもまともに知らないまま今日まで来た。
あまり聞かないものなんだそうだ。
今回の新規のお客さんの気持ちは、少しだけわかる。お姉さんの話が新鮮で時に勉強になるから。
他の従業員と会う機会も、めっきり少ないし。
…それでも売り名くらいは、知ってるんだけどな、皆。
「俺も今日は疲れたなー。今日、宿泊ではないんだよね、」
「あ、そうなんだ」
「送迎車で寝てたみたい」
「あら、帰ってきちゃえばよかったのに」
「そうなんだよね」
「まぁ、大変だったのねきっと」
ごちそうさまでした!と中華丼を平らげた彼女はふと耳を澄ませ、「歯、磨いてこようかな」と言った。
聞こえてくる過呼吸な喘ぎが微妙なラインだけど。
彼女が行ってしまったうちに灯もパスタを平らげ、薬を飲んだ。多分吐いたからもう効果がなくなっている。
しかし、やはり胃は若干、嫌がっているようだ。
交代で洗面所に立ったとき、二階の物音が一度止みドッキングしないかなとは過ったが、そもそも家主はそんなに気を使える男じゃないしなと、やっぱり結局安心したまま就寝準備を終えることが出来た。
戻ると早速お姉さんはソファーベッドに寝転んでいて「おいで!」と、少し側を開けてくれていた。
「頑張った灯ちゃんはベッドで寝ましょ!」
「狭くない?大丈夫?休める?」
「うん。来て」
やっぱり、余程酷かったのだろう。
灯が一緒に布団に入ると「よしよし」と頭を撫でてくれながらも、背にまわされた手は、シャツをぎっちり強く掴んでいた。
「…お疲れ様、お姉さん」
それに先に気付くことが出来たのならと、灯は彼女をふんわりと抱き締め返した。
少しして健やかに眠ってくれたのがわかり、安心する。やっと健やかに眠ることが出来る、と自分も眠ってしまっていたのだが。
ガタガタと襖が開いた。
外は朝の明るさだった。
「おい灯、」
ガラの悪いその声にふとスマホを確認すれば、朝の9時。やはりまだ、夢すら見ないくらいの睡眠時間だ。
お姉さんもピクッと動き、力が抜けていたその手がまたシャツを掴む。
起こしてしまったなと、灯はお姉さんの背を摩り起き上がった。
「…はい」
髪もボサボサで服装も、ラフというかテキトー。髭も伸びている。
全く清潔感がない。仮にもこの界隈にいるんだろうが。
「お前朝桜木から聞いたけど、宿泊だったんだってな」
声はどちらかと言えば上気していた。なるほど、機嫌が良いらしい。
「ちゃんと取ってきたんだろうな」
お姉さんにぽんぽんとしてからベッドから出、灯は無言で鞄から集金袋を取り出して見せる。
「いくらだ今日は。まあまあ入ってそうだな。てめぇはすぐちょろまかすからな」
…なんと言われようと確かにそうだ。回収し忘れなんて、これには関係がない。
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