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経は、美智佳の実家で読まれた。
葬儀とも呼べないような簡素さのまま、美智佳はたった27年でこの世からひっそりと去って行った。
おばさんとあたしと学の3人。
美智佳の元旦那ならまだしも、おばさんは美智佳の父親、そして美智佳の友人すらもこの場に呼ばなかった。
不思議な気分だった。
きっと、美智佳が死んだことを知っているのはあたし達と坊主と、関わった業者だけ。
非現実的な状況だったが、大学生の遺影の前に線香を立てたとき、「本当に美智佳はいないのだ」という言葉ばかりが頭に浮かんだ。
それはまるで遠くから誰かが囁くような、それくらいの距離に感じ始めていた。
大学の美智佳のことをあたしは知らない。だからだろうか、適度に古い写真だからだろうか、それともあの骨のせいだろうか。
どうあってもあたしは俯瞰している。
美智佳の思い出はあたしの中で、小学生くらいから存在する。
非現実的な事実が広がっているはずなのに、それらが思い出に成り果てたのだと実感する。
そもそもあたしは、もしかすると美智佳を「好きだな」と思ったあたりから、あまり現実的に捉えていなかったのかもしれない。
何度も夢に見た。
美智佳があたしと…公園かなんかで恋人繋ぎで手を繋ぐのも、放課後の誰もいない場所でフレンチ・キスをするのも……ベッドの上であたしに組み敷かれ上気する頬なんかも。
夢の後、自己嫌悪に陥るのだ。
でも、何事もなく学校では普通にはしゃいで、ハグくらいはして、楽しそうにこの髪を弄り倒されたりして、手も普通に繋いだし、そんな、ありふれた友達だった、美智佳にとっては。
大人になり、美智佳の口から、あたしでもない“親友”の存在を聞くこともあったし、あたしは本当にただの同級生の枠組みでしかなかった。
だからこそずっと長く、普通の友人として美智佳の中にひっそりと存在することが出来たんだと思う。
しかしそんなあたしでも、美智佳にとって「一番古くからいる友人」であるということは間違いなかった。
それだけだった。
美智佳が言う「こいちゃんだから言うけどさ」というのは、それ以下の意味でしかない。
自分のマイノリティを自覚してからは、美智佳に対してのあれこれで何もかも嫉妬をしなくなった。
別の親友も当たり前、恋人だって当たり前。
親友だったら美智佳の違う話を聞けていただろう、だとか、恋人だったら美智佳の違う表情を見ていただろう、だとか、そんなものを感じる前にあたしは自覚したのかもしれない。
こういう話は同じマイノリティからよく聞くし。
でも、こうなってしまうとただ、「寂しいな」と、線香の煙を見て思った。
結局その親友すら今この場に居ず、この客間が無駄に広く感じるから。
せめて、ここには他も呼んであげたらよかったのにとは思うが、葬儀屋が丁寧に伝えたところで、おばさんには思い付くことが出来なかったんだ。
もしかすると、美智佳の親友を知らなかったのかもしれない。
おばさんの丸まった背中を見て、そう思った。多分、どうしていいかまだわからないのだ。
この背中をこんなに小さく感じる日がくると、想像したこともなかった。
経は、あたしにはわからない。
そんな雑念のまま目を開け、座布団からずれて学を見やり、促した。
学は震えるよう、戸惑っているように見えたが、おばさんやあたしを見た空気で、自分もそれに倣おうと仏壇の前に座った。
困ったようにあたしを見てくるので、線香を一本取ってやる。
学は自分で蝋燭に火を灯し、パッと目についた、というような態度で棒を持ち、ちりんと音を鳴らした。
4歳の子供には「死」がどんなものか。
きっと、この儀式が何をしているのかも学は理解をしていない。
学はただ、無言で大人しく遺影を眺めている。
またちらっとあたしを見たので、手を合わせ「なむ」と手本にもならない手本を見せる。
学は倣って手を合わせ、口を「なむ」と動かした。
学を退かすと、後ろにいたおばさんが声を上げ泣き始める。
美智佳の言っていた通りだった。
あたしが知っているおばさんは、娘のことに全くの無関心で、美智佳が大学まで行けたことも、美智佳の父親がいてくれたから、でしかない。
昔はそれを「放任主義」だなんて言ったのかもしれないが、いまで言うところの「ネグレクト」に近いやつだった。
美智佳も育ちはしたのだから、そこまで酷くはないにしても、おばさんと美智佳が口も利かないような状態だったと知ったのは、大人になってからだった。
霊安室にいた時点で、美智佳の父親に連絡をしようと思わなかったわけではなかったが、そもそもあたしは美智佳の両親がいつ別れ、どうなっているかすらも知らなかった。
何より、こんなあたしがするものでもないし、と過ってしまったのが大きい。
広い居間を見回して思う、いや、後悔する。
仲の良かった父親を呼んでやれたのはこの場を見ても、あたしだけだったのにと。
ただの同級生というあながち妥当な立ち位置に成り下がっていたのは、他でもなく自分からだったんだと思い知る。
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