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今住んでいる、格安の事故物件で、だったと思う。
少しだけ聞いたことがある。
血液…つまり体液というのは、外に放出してから時間が経つと、生きている人間に害を及ぼすことがあると。
次に家を貸し出す頃には、すでに専門の洗浄業者が手を施し滅菌を済ませているらしい。たとえ、痕は残ってしまっているとしても。
後から現れた医者に「消毒などは施しましたが」と濁す言い方をされたとき、頭の片隅からその話が引っ張り出された。
あたしが今住んでいる部屋の前の住人は、高齢で一人、孤独死をしたそうだ。
誰もいない場所で一週間ほど、寝ていたのだとか。
美智佳は次の日の午後、火葬された。
本来こんなケースの場合、火葬場が営業を始める時間よりも早くにひっそりと、火葬をしたりすることもあるらしいが、入院していた学のこともあった。
おばさんに全く判断能力がなかったため、あたしはその場にいた唯一の大人として、やけに葬儀屋や病院側から遠回しに聞かれたりし、結果、午後の火葬になったのだ。
交替した看護士には、学のメンタルを心配する人もいたのだが、正直あたしにそこまで口を出す権利もなく、火葬についても学についても、あたしは「決定打」にはならなかった。
葬儀屋も病院もあたしをもどかしい存在だと思っていると、まるで肌に焼き付くようにじりじりと伝わってきていた。
それも、仕方がないとわかっている。
誰も人の死には耐性がないものらしい。それはその道のプロだとしても。
特に準備も出来ないまま、学とおばさんと共に火葬場へ向かうことになってしまったが、棺桶を炉に見送ってから30分もしないうちに、「どうしましょうか」とひっそり聞かれた。
何がだろうと聞いてみれば、
「お骨をこちらで整えてしまってもよろしいでしょうか…?」
ということだった。
いまいちわからなかったし、あたしに言われてもな…とは思ったが、おばさんは書類に名前を書くこと以外には何も出来ないほどに呆けているしと…そんな姿を眺めながら「はい」としか答えられず。
少しして「御崎家のご家族の皆様」と放送が入り、美智佳と対面してやっとその意味を理解した。
その光景はまるで、「現実」という武器で目潰しを食らわせてくるような衝撃だった。
あまりにも小さく…足も腕も折れ、多分そのまま灰にしかならなかった場所もあると、それだけでも充分だが、頭蓋骨すらも………あの棺桶に入っていた状態がありありと目の前にあって。
これが人生初の火葬だったが、そんなあたしでも、これは、余程凄惨だったのだとわかってしまった。
妙に現実的ではない風景、あたしの知っている美智佳とは何一つ結び付かないはずなのに。
ずっと、呆けているか奇声を発して泣いているかだったおばさんまでもが、それには言葉を失ってしまっていた。
漸く発した言葉も、「美智佳なんですか……?」と震えていて。
「…はい」
それをハッキリ聞いてしまうと、あぁ、やっぱりそうなんだと、決定付ける以外に意味を持たず。
おばさんはそれに引き寄せられるように側に寄り、誰が何を言う前に箸を持ち、美智佳の骨を黙々と納め始める。
ちょんちょんと、後ろからシャツを引っ張られハッと、学の存在を思い出した。
それっぽい服がなくて殆どパジャマみたいな格好になってしまっているのが、どうにも浮いている。
学はガーゼが貼り付けられたままの顔を上げ、一度「お」の口をしてから、驚いたような表情で一度下を向き、喉に触れていた。
…頭のせいではないと看護士には言われた。
意識を取り戻してすぐも、泣き騒いだとは聞いている。
「…そうだよ」
あたしがそう言うと、学はまたパッとあたしを見上げ、そして俯いた。
そうだよ、どうやらあれがあんたの…お母さんだ。
事故現場を見ているとしても、今の今まで学は、母親がもう帰ってこないということを自覚していなかったのではないかと思う。
今だってそんなもの、わかっているかどうか。
4歳児の心境はわからない。
骨を拾うのは身長的に大変そうだったので、学を少し持ち上げてやったが、あたしも慣れてない。
ただ本当に持ち上げただけ、みたいになってしまった。学本人も大変そうで。
その隙にあたしはひとつ…小さな美智佳の欠片をこっそりと拾い、ポケットにしまった。
火葬場職員にそれがバレたかはわからない。が、学はそれを見てやっぱり、シャツの端をちょんちょんとやってきた。
最後、火葬場を去ろうというとき、火葬場職員が「これを…」と呼び止めてきた。
見せられたそれはくにゃっと曲がった鉄かなんか…の先に、小さな何かの石がついている。それが指輪だった物だというのがわかった。
ちょいと学を見ると、学も私を見上げていた。
その場の、ほんの思い付きだった。
「ちょっと待ってな」
鉄になってしまったその指輪には、僅かに穴が空いていた。
あたしがつけていた紐のネックレス。通るかはわからないなと思いながらやってみたら、丁度通すことが出来た。
お椀型にした学の掌にそれを置くと、学はぼんやりと眺めてから、あたしに小さく頭を下げたのだった。
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