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自分は加東の事が好きか、正直昨日まで本当に「可愛い後輩」だったのだから、なかなか想像は追い付かない。
「結構早く出るんですね」
考えながら着替え、ネクタイを締め、さあ行くかと思ったときに、ポカンと加東にそう言われた。
「…あーまぁ部長の事があるから」
そういえば。
「加東っていつも何時に出てんの」
「7時……半くらいかなぁ」
「やっぱ早いな、」
「んーでも、8時くらいに会社に着くとして…ですよ?遅延されたらちょっと微妙ですよ、人身」
「んーまぁ確かに人身は皆きっと微妙だぞ。でも8時って早いだろ。9時からじゃん?うちは」
時計を見た。7:45。ここは30分も会社まで掛からないしいつもより早すぎるが、まぁまぁ長話もせず玄関に向かうと加東が着いてきた。
にこっと笑って「いってらっしゃい」と言うのに、わぁ、なんかめちゃくちゃ良い生活スタイル…と嬉しくなりそうだったが「ん、行ってくる」と、照れ臭いような気がして素っ気なくなってしまった。
……うん、結構良いなこれ…。
あーでも実際同じ職場で目の前に恋人いたら俺……まぁ全然ミジンコ程も仕事に支障はなく、なんならバレないくらいの自信はある、こんな近くに恋人がという前例はないけど…とシミュレーションを始めてしまった。
多分、自分は仕事と日常でかなり違うタイプだという自覚がある。
外回りの頃に一度、当時の彼女がいる前で、ふいに部長から電話が掛かってきたことがあった。
昇は普通に喋って電話を切ったと思ったのだが、彼女を見ると若干顔が引き吊っていて「いや怖っ」と言われたのだ。
「は?」
「…誰かと思った、え、会社ではそんな感じなの?」
「なんかちょっと違ーう!」と言われてしまっては…そうだあの時クライアントからの問い合わせだったかもしれない、少しトラブルになりそうかも…という気持ちで電話はしてたな。
後日、昇が伺ってあっさり対処した。
そうだ、その時部長は怒鳴り込む勢いで電話を掛けてきたのだ。
対処する内容を淡々と喋った気がする。大体そうやってるし。
だからこそオンオフは結構…区切りをつけることにしたのだ。昔。
なんせ下手すりゃ家でまで「うーんクライアントがこんな感じで」なんて彼女にすら話してしまっていたからだ。それも流石に嫌な顔をされた。
あ、そう考えると加東、ヤバいな。あれが毎日家にいたら四六時中仕事案を話し合ってしまいそうな気がするが…。
まぁ、いまやあまり「クレーム対応」みたいなことはしないからな。ついつい考えてしまうのだ。大抵はクレームに対して。
仕方ない、相手の顔が浮かんでしまうのだから。
その点はマシになったかなぁ…と、電車に乗りながら昇は思った。
これもハッキリぱちぱちとスイッチを切り替えればいいのだ、意図して。
人格が変わってる、とまでは行かないだろうから、プライベートでも飯には行く仲だし。
だから「思ってたより違う」とか、そういうのもなくつまり「職場だけ見て好きになった」パターンでもないとは思うから幻滅材料とか…いや、わからないな自分では…。
はっと気付いた。
全部、付き合う前提で考えてない?
いやぁでもまぁ、付き合わないとしてもいままで通り、になるわけだから考える意味がないからか…と考える。
そんなことより、もしかすると「恋愛として」というところを考えた方がいいのだろうか。
加東と恋愛出来るかどうか…うーん。最重要点であるアレ。全然想像がつかない。何故だろう自分も同じもん、あるじゃんか…と思ったとき、これは朝に考えるものじゃないな、と冷静になった。
今の最重要、部長だ。
まぁ、根性論とかでくるだろう、こういうのは。対処が楽だな。加東のメンタル頑張ってくださいと祈ることにする。
昇が部署に着くとまず、いつも通りに渋谷がいて「あ、はよっす」と言いつつ二言目には「昨日どうでした?」と空席を眺めながら尋ねてきた。
それには「んーまぁ家に帰した」としておけば「まぁ…」で終わる。
そうだ、昨日すっ飛んだ加東のデータは、という引き継ぎの最中「宇田!」と、案の定、イライラした部長に呼ばれた。
「はい」
「…お前昨日、加東を家まで送ったと連絡が来たんだが」
「しましたね」
「…病院へは行ったか?」
「いえ、昨日は。医務からもすぐに帰りなさいって言われましたし。貧血だったらしく」
「貧血だとぉ!んな、女みてぇな理由かよ、欠席だ今日は、」
「そうですか。まぁわかりまし」
その場で電話を取った部長は「もしもしおい加東か」と始まってしまった。やはりか。
そりゃ加東に電話したならそうだろう、違うやつが出たら怖いっつーのと部長に脳内ツッコミを入れてすぐ、サブリミナル効果、忌々しいおサイコ野郎の顔が浮かんでしまった。
「欠席って聞いたんだが……なんでだ?………あ?聞こえねえけど、あのなぁ俺が若い頃なんて熱出ても仕事なんて来たっつーの!なぁ、お前じゃあ病院行ったっつーのか、診断書出すのが社会人なんじゃ」
「部長、」
「あ?なんだ宇田」
「会社で倒れて病院行ったなんつったらそれはそれで嫌がるんじゃないんですか?」
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