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声がする。
こういうパターンって、刺されたりするのかな。
昇は耳からイヤホンを外し、エントランスの受付に尋ねた。
「あー、タバコを吸いたいと仰ったので、社内禁煙ですとご案内したら、外に出ていかれましたよ」
「はい、畏まりました。すみませんね」
ガラスの向こう、テラス席でタバコを吸う阿久津博紀が居た。
端から自分を見つけていたのだろう、手招きをしてくる。
ここならもし刺されても、人目はあるよなと考える。
昇はイヤホンをしまい「阿久津博紀さんですか」と尋ね、向かいの席に座った。
…意外と細身な男だな。
阿久津は薄く笑い「そうですよ宇田昇さん」と言った。
「あい、株式会社ジャパンの社員として言いますが社内禁煙なんですけど」
「え?ここ、外じゃん」
「昨今こういう場合は大体敷地内を指しますけど。会社目の前のマルビルの裏口に灰皿があるのはそのためですよ。良い歳なんだからわかりませんか?」
まぁ、良いわと昇もタバコを取り出した。
「へへ、何?社員はいいわけ?」
「てゆうか、ここも社員用なんですよね、面会なんて普通エントランスで待つでしょ。
で?なんですか一体。ウチの部下に用事があるんじゃねえんですか?顧客でもないしわざわざ上司を名指しで呼びつけないですよね普通。というかあんた、なんで俺のIDも知ってるんですか?」
「ん?澄音のケータイから見たに決まってんじゃん“昇先輩”?」
「…折角来たんでご用件は伺いますけど」
「澄音、出勤してる?」
「業務内容とも関係ないしお答えする義務はありますかね、それ。個人情報なんですけど」
「家からいなくなっちゃったんで探してるんですけど。あんたと外出てから返ってこないっていうか、荷物まで持ち出してるよね?」
灰を落としながら「なんで俺に聞くんです?」と苦し紛れに聞いた。
情報は出来るだけあった方がいい。
「加東くんとは連絡取れないんですかね」
「さぁ?それこそ答える義務、ある?個人情報なんだけど。
でもあんたでしょ、連れ出したの」
冷えた薄笑いが妙にムカつくな。これは別に人当たりが良いとは言わねぇぞ。
「…一昨日、病院に連れて行くって言いましたよね?
あんたじゃあのあと加東に何をしたかわからない。殴り殺さんばかりの勢いだったじゃないですか」
「言い掛かりだなぁ、別に殴らないよ。あの子に傷とかあった?」
「左手首に沢山ね。精神科通ってるみたいだな加東は」
「へぇ、そこまで知ってるんだ。上司って凄いね」
「…あの日たまたま見つけただけだ。
それで?加東にはなんの」
「寝た?澄音と」
阿久津はくつくつと意地の悪い笑みを浮かべながら「イヤホン貸してよ」と至って自分のペースなようだ、手を出してくる。
「は?」
「あっ、もしかして無線タイプ?じゃぁ、あった方がいいよね?」
阿久津はコードタイプのイヤホンをポケットから出し、ぱっとスマホを翳してくる。
肌色の…AVかなんかがそこにあり、思わず顔をしかめた。
「まぁまぁよく見てよ」と言うのに従うまでもなかった、少しよく見たら誰だかわかる、加東だ。
「…別に見たくもないけど、これ、本人から許可取ってんの?」
「許可?」
昇の許可もないうちに阿久津がイヤホンを挿し、渡してくるが無視をする。
なのに阿久津は特に気にした風でもなく、再生ボタンを押した。
なんなんだこいつはと思えば、激しく音漏れがしている。
「あーもう、わかった、まず下げろや!出来るかっ!」
仕方なく昇がイヤホンピースを摘まむと、くっくと笑った阿久津は音量を下げた。
画面も直視しないでいれば「よく見てって、」と追って向けてくる。
画面の向こうで加東が顔をしかめ、『こっち動いてないけど』と…ローターを持たされていたりディルドを突っ込まれていたりと、やりたい放題されている様だった。
うぅ、うぅ、と最早泣きそう…そう、これはそういって「楽しんでいる」表情ではないなとわかる。なんなら「やだ、勘弁して…」と弱々しい。
なんなんだこの野郎はと睨み付けると「はい次ー」と画面は変わる。
うつ伏せで揺れる加東がいる。結構温度が高めな声だが、加東の視線の先にカッターがある。
…あれ、以前職場で錆びて使いにくそうにしてたやつだ…と気付くと、ぱっとそれを取った加東が「はぁ、あっ、」と苦しそうに思いっきり手首を切った。
思わず目を反らし瞑ってしまった。
昇の反応に「ははっ、」と阿久津は嘲笑っている。
「ヤベーよなこれで気持ちいいとか、頭おかしいよなあいつ」
昇は阿久津のスマホとイヤホンもむしり取り、突き返した。
「こんなこと毎回やってんのか」
「知りたい?」
「別に知りたかなかったよ、どう見ても暴行現場でしかないんだが、」
「え?嫌がってたように見えんの?てか、自分でやってたじゃんこいつ!」
あったまおかしー……。
「お前、少し変だと思うよ。これ見せて何がしたいの?現状、俺はお前を公然猥褻で訴えられっけど」
「羨ましいの?」
「…ちょっとお前、日本語通じなくて困る。
何しに来たんだ一体、わざわざ…山の手1本?確かお前ん家大森だったよな、じゃあ有楽町までは乗り換え?」
「何急に。あんたも充分日本語通じないけど」
少しビクッとした。
…確かに、こいつ表情よく変わるわ。
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