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 後日、人事通達も一切ないまま、まるで何事もなく…いや、木村と渋谷が本気で、泣く勢いで喜びその場は終わった。

 電気スタンドの納期もあったし、羽毛布団もあったからかもしれない。
 中嶋に会ってもそ知らぬ顔で「よう」とまた挨拶を交わした。

 どうやら世界は、自分達を置いてまで廻っているらしい。

 今週は疲れた。いや、先週から疲れているがと金曜日、就寝の際に側で澄音が「おやすみなさい」と、慣れないキスをしてくるのに、穏やかな気持ちになる。
 まるで、一切の靄が去り光が射したような。

 朝方、太陽の光に抱かれたまま、ふと気付いたことがあった。

 温度も上がりかけ、心も溶け、体も熱いまま、澄音の背中に「あ」と声が出た。

 抱き上げたまま止まってしまったせいか、「…何、」と掠れた声で言った澄音はキラキラした熱い瞳で振り返ってくる。

「これ……」

 澄音の肩甲骨に、一瞬白い何かを発見し、よく眺めた。
 一本、白くて変に伸びた毛。

「…澄音、」
「ん…?」

 焦れたらしい、腰を上下されたので「ストップ!」と昇は羽交い締めにするように肩を掴んで澄音を抑える。

「え、何…」
「動くな……」

 そーっとその毛を眺め「凄いぞ澄音!」と、ついつい子供のように喜んでしまった。

 弱々しくも、確かにある福毛。

「澄音、福毛、福毛あるぞ!」
「…何ぃ、それ」
「一本だけ生えたなんか白い毛」
「え?ナニソレ」
「見えないか、見えないよなぁ、プラスチックみたい…写メ撮る?」

 ぼんやりした顔から徐々に表情を戻し「ちょっとナニソレ、なんか得体が知れないんですけど、」と澄音が動こうとするので再び「ストップ!」を掛ける。

「…ちょっと待って、いまじゃないとダメなのそれ」
「いや見せたくて。これ有り難」
「…こっち凄く焦らしプレイなんだけどっ!」
「ダメダメストップ。抜けちゃうじゃんか」
「いいよそんななんか気持ち悪そうな毛!抜いてむしろ!」
「やだよ育てよう、可愛い」
「やだ!」
「わかった、」

 そうは言っても実は動くの超怖いんだよね…と昇が思っていれば、澄音の方がまるで絞り取るかのようにゆったり動き始め「うぅっ」とこっちはその調子。

 はぁ、あぁ…と声も確かに切な気だし、俺も辛いわ…と、そのまま澄音を前に倒して続けた。福毛も見える。

 …それはもどかしくとても苦しいのに。
 相手の熱い息を地肌に感じる。

 互いに熱が混じり、手も握って、そのまま暫くして苦しさにイッてしまった。
 その呼吸を絡め取るようにキスをして、ぎゅっと抱き締めドキドキを感じながら昇はやはり福毛が超気になっていた。つい、舐めてしまうほど。

 イッたばかりだからだろうか、ひくっとする澄音に、やっぱ面白いわと暫く愛でていれば口の中にざらっと…毛が入ったような気がして舌から拾ってみた。

 愛ですぎた、福毛は即抜けてしまっていた。

「…あれ!?」
「…今度は…なんですか…」

 ぐったりしている澄音に「…抜けた」と報告する。

「…んえ?」
「福毛…ちょっと待って探す……」

 さわさわ、さわさわと昇が背中を触るのに「くすぐったいぃ……」と澄音が喘ぐがそれどころではない。

 折角見つけた俺の福毛、マジか、少しも生きていないのかと肩甲骨を探してみたけどやっぱりいなくなっていた。

「…うっわ〜っ!」
「…ホントに抜けちゃったんですか」
「あ、えっと…あれ…?
 わーしかもどっかやったーっ!」
「…ホントに抜いちゃったんですか…っ」
「かも、」
「えっ、そんなすぐに!?待って、育てるんじゃなかったの、」
「育てる気だった、」
「ヒドイ!ナニソレ最悪っ!見えないけど見たかった、」
「…ん?」

 凄く残念そうに言われてしまった。けど、あれ…?なんか、変だな…。

「ごめん、マジで」
「………」

 舌打ちしそうなくらい顔まで歪められた。あれ、めっちゃ初めてな軽蔑系の表情。マジで?
 あれ、抜いてって言われた気もしなくない、時間差で来た。

 拗ねて、次に目を覚ますまで昇は澄音から背を向けられてしまった。
 おはようのキスは付き合って僅か2日で記録が途絶える。前途多難だ。

 時間差で「お願い、許してマジごめんね」とキスはしたしイチャイチャもよりしたけど。一番最初の大事件となったのだった。

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