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二年のクラス替え、俺は学校でひそひそと何かを噂されているのを感じていた。
タイミングも悪く、一度だけアナフィラキシーを発症し一週間ほど休んでしまった。
寒さにまだ慣れず風邪を引いてしまい、ばあちゃんが「身体にええで」とくれた薬を飲んだら、そうなってしまったのだ。
ばあちゃんは泣いていた。理由を聞く機会も失ってしまったし、そもそもばあちゃんとじいちゃん、何より医者ですら、なかなか理解が難しいようだった。
兎に角その薬ではなく、医者に教わった薬だけを買い置きすることで話は終わったのだけれど。
俺の存在は思ったより、ばあちゃんとじいちゃんには負担だったのだと思う。
じいちゃんはその時期、少しだけ体調を崩してしまった。風邪も引かないような、丈夫な人だったのに。
でも、それを「俺のせいだね」だとか、そう言うことすら躊躇われるような雰囲気…と、自分で負い目にしてしまった。
なんせ、ばあちゃんが「じいさんも地震やらなんやら、頑張ってたからなぁ」と、優しく、自分も頑張らねばと、なっていたからだ。
村のコミュニティというのは知らないうちに拡散している。
俺は学校でどこか避けられていたが、なんとなく理由はわかっていた。
いっそ言ってくれればいいのにと思いつつ、でもそれはわりとデリケートな内容で、自分だけでもない。
どうしたらいいかと考えていれば薬も増えた。それは、精神薬だ。
精神科は医療費が高い、けれども「ええ、ええ。さとはゆっくりした方がええ」と、それにも蝕まれる自分。
医者は聞いてくる、「苛められていませんか?」と。まるで、苛められてくれと言わんばかりだなと卑屈にもなった。
そのせいで、寝る時間も増えてしまった。
それが却って転機にも、今となってはなっていたように思う。
俺の隣の席には、“石丸”という男子がよく、突っ伏して寝ていた。
たまに向い合わせで寝ていて、先生は俺と石丸をまとめて起こすのだ。
石丸は大体、休み時間は活発に遊んでいる。
俺がよく、チャイムで起きれず休み時間まで寝てしまっていると、石丸のまわりに集まる男子達が俺にぶつかり、変な空気になってしまうことがあった。
そんな、どうしようもない雰囲気の、ある日。
たまたま、石丸がいないタイミングで取り巻きの一人が俺の机にぶつかってきた。
起きたとき、俺を見下げたそいつが「お前ってさ」と口を開いたのだ。
「母ちゃんから聞いたけど、福島から逃げてきたってマジなん?」
ついに来た、と思った。
ただ、はっきりそう言われると「え?」と、どうしていいかわからなくなるものだった。
「俺も知ってるー」
「なんか、じいさんもそれで病気になったんだろ?」
「母親も福島から逃げてきたって聞いた」
…ご近所さんとは、仲が良いはず。ただ、この時に村社会の悪い面を知った。
「…うん、そうだけど」
「それってヤバくね?」
…うん、まぁね。
「福島から逃げたんじゃないよ。母親から逃げてきたんだ」
でも。
外面良く取り繕っている自分の意味がわからなかった。
「でも、そうだね。ただ、君たちが言っているのは、少し誤解かも。
とても良いところ、だったよ」
…なんて言って良いかわからない。いまの自分がどうしても嘘臭い気がしてくる。
どうやら意思とは関係なく「何も出来なかったんだ」と言っている自分にはっとした。
あの映像が浮かぶ。
本当はそんなに良い思い出で終わらなかった。この複雑さがそのとき漸く胸に刺さり、どうにか、どうにかと守っていた何かが決壊してしまったらしかった。
「…え、」
俺は無責任だ、何に対しても。
悲しいと思うことにも責任が果たせていなくて、だからどうしていいのか、全くわからなくなってしまった。
ただただ胸が痛くて、シャツを掴んで嗚咽を漏らしていることも、何故なのかわからない。まるで自分の身体ではないような気分。
まわりの女子が「ちょっと何やってんのよ、」とガヤを入れる、でもどうせと、ぐるぐる考えていたら止まらなくなった。
うるさい。
自分の声も心臓の音もうるさいのに、お前らは誰なんだ、ただ、確かに君たちも大変だったはずだ、君たちが悪いわけではない。
じゃあ一体、何が哀しいんだ。
でも、もう本当に今だけは勘弁してくれ。どうして我慢が出来ないんだと、そう思っていた矢先だった。
だん、と机が叩かれビクッとした。
そして少し上気した声で「何してんの?」と…石丸が取り巻きやら何やらを眺め尽くしながらそう言った。
ピンと、糸が張るように静かになる。
ビックリして俺の涙も止まってしまった。
ただ、彼ははぁ、と息を吐き「うるさいんだよお前ら」とはっきり…他所の訛りでそう言った。
「ぇあ、あの、」
「俺こういうの嫌いなんだけど。なんなのお前ら寄って集って。蝿か」
「あの、ち、違」
「違くないよ。おはよう加賀谷」
…名前、知ってたんだ。
そりゃそうか…。俺は君とは違う目立ち方だったもんな、きっと。
「いや、あの」
この空気はヤバいなと、取り敢えず涙を拭いて「本当に違うんだ、石丸くん」と訂正する自分も意味がわからない。
「…ちょっと、ごめん、なんか、具合が悪くて…」
「知ってる。いつも寝てるもんね。俺と違って頭良さそうなのに」
そう言って彼はニコッと、笑い掛けてくれた。
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