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 「やめぃ、やめるだよーこ!」と止めに入るじいちゃんを見て我に返り、止めないと、と俺も向かい出していた。

 ばあちゃんは泣きながら叫んでいる。じいちゃんはその手を掴んでいる。

 俺を見た母は「慧、」と呼び、「おばあちゃんになんとか言って、」と強制をしてきた。

「何言ってるだ、おめはもう家の子じゃねぇんだ、来んな!!来んな美佐子っ!
 さ、さとちゃんにどんな事したか、忘れたとは言わせねぇだっ!こんちきしょう!」
「お母さん落ち着いてよもう、私家がないの!どうにかして」
「知らねぇ!早ぅ消えれ!」

 平成でもまだ、余所者だとか、そんな感覚は残っていた。
 だが、拒むこともない村社会だからこそ「困ったときはお互い様」が通じるようなこの場所で、こんなことが起こるなんてと、俺はやはり、どうしてもあの惨状はテレビでしか捉えられていなかったんだと思い知った。

「…ね?慧。母さん困ってるの。慧だって」
「…いらない」

 声が掠れそうだった。

「…え?」
「…母さんの本当はなんだったの?」

 あの時、「絶対良いよ」って言ったのは。

「…なんなのいきなり、」

 ……あっそう…。

「………あんたは、可哀想だ。けど、あんたが住むなら俺は出て行く」
「…は?」
「やめれやめれ!
 美佐子、わかったな?おめも大変かもしんねぇが、こちも地震で大変なんだ」
「…何言ってるの?家なんてあるじゃない、全然こっちなんて何も残ってないのに、なんで?何を言ってるのお父さんお母さんは。
 知らないでしょ?ねぇ、失くなっちゃったのよ何もかもが!こんな……何が大変だって」

 許せなかった。
 もうやめてくれ、そんな宛にならないことばかり言うのは。

みぐさい見苦しいくるうなぁふざけんな!おめかてこちの事、なんも知んねぇだら!見ぃ、ばあちゃん泣いとう、じいちゃん困っとう!あぁ!?おめば生ぎ残ってよがっだなぁ!
 こんのクソアマぁ!よく言えたなこのっ、なんだったんだ、なんだったって言うんだ、」
「待つだ!さと!」

 勢い余ったせいか、じいちゃんに初めて怒鳴られたし、頑張って使ってみたヘタクソな信州弁も、これが最初で最後だった。
 じいちゃんは声を圧し殺したように「美佐子」と、一度母を呼んだ。

「おめぇ、どうやって来ただ?まんだ、入っとるんじゃ」
「早まって中から追い出されちゃったのよ、お父さん」

 母は「だからもう帰る場所がないのよ!!」と、じいちゃんに詰め寄る勢い。

「…ほうかほうか、おめは、入っとったから生きとんのか」
「……うん、」
「こんの、ずくなし碌でなしがぁ。なんだらぁ、そりゃあ。
 ……美佐子、おめはおらの娘かもしんねぇ。けんど、おめはさともよーこもこんなに傷付けたんだで。わかるな?いや、おめにはきっとわからんめぇ。もう来るな。今ぁさとも大変なんだで、」

 …静かに言ったじいちゃんの言葉が、心にずしっと来た。
 俺は何も考えてやれず、無駄なことばかりを口走り、でも、何も足りていなくて歯痒かった。

「でも私」
「…知っとぅか、美佐子。さとはなぁ、おめのせいでどんだけ、毎日泣いとるんだ、わかるら?あれるぎーになったんに、次には死ぬかもしれんと医者に言われただ。死ぬんだら?たっくさん見たんだら?ん?
 わかるら?なぁ、わかるら貴様に、」

 どうやらじいちゃんは静かにキレるタイプらしい。はっと、これは殴ると気付いて俺はじいちゃんの手を取ったが、殆ど治っていたにも関わらず、こんな時ばかり左手が震えて悔しかった。

 ばあちゃんはひっくひっくと泣きながら「そうだだぁ!」と疲れてしまっていた。

 止めた俺を理解したじいちゃんは「すまねぇなぁ、さと」と、顔は見えなかったけど、とても声が震えていた。
 …とても、声が震えていたんだ。

「…ごめんなさい、ばあちゃん、じいちゃん、」
「ほぅらまぁ、手ぇも震えとるだ美佐子!
 なぁ?家たっくさんあるで、こちには。自分でなんとかしなさんな。おめ、見てるんか?さとは高校生にもなったで。おめはさとにおめでとうも言わねぇんだな。大変だけんど、お互い様な。話はおやし終わりだ。
 さと、悪かったなぁ、おめは謝ることねぇだ。
 へー、しみるしみる。ばあさんもな、家へ帰ぇろ、な?」

 …流石に、それは俺も堪えた。こんなにバッサリとした拒絶というものがあるのかと。
 俺もばあちゃんの背を擦り三人で帰る中、一度だけ振り向いた。

 母は、暫くぽけっとそこに立っていたが、やはり狂ったように「ねぇ助けて!助けてよ!」と叫んでいた。

 すっと見上げた今日の空は…湿っているなぁ、…少し、辛いけど。やっぱり過った。

 あばね、嘘吐き。

「…ほんなぁ、さとちゃんはええ子だんに、おらやじいさんに構ねぇで、あんなんしっ叩きゃぁ」
「ううん。ごめんね、ありがとうね。大丈夫だよ。ばあちゃんじいちゃんに言わせたんが」
「あーあー、今日は、街の寿司屋まで行こうず。な?さとは魚好きだら?な?」
「うん、結構好き…、なんでも。最初は食べ慣れなかったけど、じいちゃんばあちゃんも福島、行きたかったねぇ。魚も美味しいんだよ、あっこは」
「ほうだなぁ、けんど、北海道もうめぇ…、
 大変だぁ、怒鳴り腐ってへら噛んじまっただ」

 「あーあ」とじいちゃんとハモる。

「無理したらいけんね、ばあちゃん」
せんしょうお節介な、おめもだ!」
「あはは、そっか、ごめん」
「北海道はカニだカニ。あとウニ。おらもばあちゃんと食ったで。信濃は海がねぇからなぁ」
「カニか〜、カニは食べたことないなぁ」
「皆で行こうず。なかなか行けんけど、いつかな」

 カニもウニも信州弁みたいだなぁ。そんなことを考えた。

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