12
ジョン・レノンにはなれないけれど、俺はビートルズからギターを始めてみたりした。
それだけで、じいちゃんとばあちゃんは、何故か泣きそうなほどに喜んでくれて。
「なぁ慧」
そんな日常の中だった。
石丸くんが休み時間に、「ギターカッコいいよな」と言ってきた。
ギターは学校でこっそり弾いていた。それは、あの映画のように、屋上の前で。
「…ん、」
「俺もやってみたいんだけどさ」
それがきっかけで、石丸くんの家にお邪魔することが増えた。そして、教えていくうちに自分も少しだけ上手くなったりした。
石丸くんの家には、いつも誰もいなかった。共働きだそうだ。
そうして漸く学校にも馴染んだ、17歳の誕生日が過ぎた頃。
それは風が乾く、晴れた日のことだった。
ひとつ病気をすると予想だにせず怖いということは、自分でも身に染みている。
何の前触れもなく、じいちゃんはくも膜下出血を起こし、亡くなってしまった。
収穫作業の帰り、ちゃぶ台に突っ伏していたそうだ。
まだまだ俺は、ギターもそれほど上手くなっていなくて。
「寝てるみてぇだなぁ」とばあちゃんは言っていた。
確かに穏やかな顔だが、もう生きていないのだというのは見てわかった。
じいちゃんは写真がそれほど好きではなかったらしい。
遺影はどうするか、という話のときに持ち出された写真は、俺の知らない頃のじいちゃんで、居間の仏壇を見ても実感が沸かなかったけれど。
でも、そう。誕生日に3人で撮った最近の画像がケータイに入っていた。それを眺めて、やっと実感が沸いた。
我が家のジョン。この画像だってこうして…思い出になるのだと思ったから。
いつ書き遺したのか全くわからない「相続について」という手紙も見つかった。
漸くじんと来て、「もう、じいちゃんに会えないんだに」と泣いたばあちゃんの言葉の意味を理解した。
でも…それでも…。
手を合わせて降ってくるような事実、ここが、じいちゃんの家だね、だから、辛くないよ、そうは言いたかった。じいちゃんはそういう人だから。
明るい気持ちに…なんせ、ばあちゃんが泣き崩れていた、それどころではないと、支えるのが精一杯だった。
それでもここは、風も星も綺麗な場所。宇宙が見えるような気がして、ふいにどこかへ行きたくなる、考えてしまう。
聴かせたかったのにな。もう二度と叶わないじゃん、と。
この縁側で「始めてみたよ」と言って終わってしまった。なんだよ、もっと早くやっていればよかったな。でももうどうにも出来ない。
練習、ここでしてもよかったのかなぁ、俺、何も出来ないままだったよ、ずっと。
ばあちゃんは多分、俺に気を遣ったのだ。
明るいばあちゃんに戻るのは早く、「なんだかぁ、ひょっこり帰ってきそうだんなぁ」と笑ったけど、ふとした時に泣いているのも知っていた。
僕は何を思えば良いんだろうか、と。
「たまぁにはさーぁ、」
日曜日の昼終わり、ばあちゃんがそう言ったので、縁側で「Let it be」を弾いた。その頃には弾けるようになっていた。
なんとなく本当は、あのパイプオルガンの音が嫌いだった。
英詞の意味もあまり考えたことがなく、ただ、聞き慣れたそれを口ずさめば、「さとちゃんは外人さんみてぇだんなぁ」とばあちゃんは言った。
「れるびーぃれるびーぃ」と歌うばあちゃんが可愛くて、楽しかった。
「…どういう意味なんだろう、これ」
「なすがままに、だ。ばあちゃんはジョンならなんでも知っとるだんに」
「なすがままに…」
「こん唄はなぁ、ビートルズの、最後の唄なんだで。ポールが辞めちまったんだ」
「…そうなの!?」
「んだに。それからジョンはな、ジョン・なんとか・オノ・レノンに名前を変えたんだ。婿養子みたいだんな」
「そうだったんだ…」
「んだんだ」
俺はふと、「あのね、ばあちゃん」と、なんとなく口ずさむように話していた。友達出来たみたい、どうやら、と。
ばあちゃんは「よかったなぁ」と喜んでくれた。
「ほうかほうかぁ、心配しとったんに」
「そうだよね」
「んだ。よかったなぁ、いっつも手伝いばっかだったかんなぁ」
「いや…」
「だども、さとちゃんがしてぇこと、するのがいいんだで。さとちゃんは、ばあちゃんとじいちゃんの宝だ。だから、心配しとったんだら」
本当はずっと、母が勝手に出て行って産んだ子とか、引っ掛かったりしていたけれど。
「…ばあちゃんと…じいちゃんも。例え遠くに行っても…俺は、気持ちとか、ずっと側にいたいよ、ただ、それだけなんだ」
「当たり前だ。神さんはいなくてもな、そういうもんなんだら」
大切な人と側にいたい。形がなくても、あっても。
俺は、たくさんの物を貰っている、だからずっと、足りない。そんなもどかしさも一緒にあった。
それから、Let it beの和訳を調べてみたりした。
和訳はたくさんあった。ジョンのこともなんとなく知った。
どうやら、最後はポール・マッカートニーが三人と喧嘩をしてしまったらしい。ジョンはジョンで平和の活動をしたかったようだ。
アーティストには色々ある。
とても、らしい。家は喧嘩、しなかったけどねと…俺はどうしても、母を好きになれなかった。
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