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「シルヴェスタ?映画の方ですか?ジョニーヘルのですか?」
「なんだ知ってるのか。慧、脱げよてめぇ」
「…え?」
「画像出してきたろ?随分だなお前」
「…いいですけど」

 言われてあっさり上着に手を掛けやがるので、末期だなこいつはと「いい、冗談だから」と誠一が言えば、慧は少し不愉快そうな顔をする。

 少し、ほっとするような。

「…なんだお前、不愉快なんじゃないか」
「…まぁ」
「そうか。よかった」
「え?」
「とんでもなくバカだったら殴ってやろうかと思ったんだよ。少しは染みたか」
「………なんなんですか」

 誠一は慧の隣に座り、タバコに火を点けた。

 不服そうな慧の髪を撫で、耳に掛ける。肌が少し赤くなったが同時に、体温が高いことと、まだ新しい、違うシャンプーの匂いに気が付いた。

「…江崎と寝た?」
「…は?」
「いや、体温が高いなと思って」

 誠一がそう指摘すると、慧はペン立てから体温計を出し腋に挟んだ。
 予想外の行動に「なんだ、風邪か?」となってしまった。

「…学校時代の話や最近の」

 今時の体温計は早い、ピピッと鳴って「37.2だ…」と報告を受ける。

「え?マジで?」

 見せてくる。
 マジだ。微熱じゃん。

 誠一は仕方なくタバコを消し「こっちおいで」と膝を促した。

 これくらいの距離が良い。

 素直に従い寝転がって頭を乗せた慧は確かに熱かった。思わず勃起しそうなほどに。
 額を撫で、「バカだなお前は」と一言わねば気が済まなかった。

「友人は大切にしろよ」
「…あの電話、やっぱりセイさんでしたか」
「そうだよ」
「…江崎さんにも言われました」
「普通そうなる。けど…理由も聞いた。なるほどと理解した」

 顔を覗き込み「お前、俺がヤろうっつったらヤっちゃうわけ?」と聞いてやる。
 「上手くないですけどね、」とあっさり言う慧に、少しだけ闇を感じるのは、何故だろう。

「…倫理観の崩壊というのも辛いのかと、少し思ったよ」

 自覚すれば少し、身体にきたらしい。
 慧の表情は徐々にダルそうなものに変わり「…別に辛くないですよ」とはあはあし始めた。

「頭痛い気がしてきた」
「ん、そうだな」
「死にたくなる」
「なるほどね」
「…セイさん」
「なんだ?」
「勃ってるね」

 言われて腹が立ち「じゃあヤれよ」と言ってしまった。
 本当に子供のように、躊躇いもなくチャックを開ける慧に唾を飲む自分がいることも情けない。
 本当にバカ野郎だなとも思う。そんな内情も知らない慧は、躊躇いもなくそれを口にしやがる。

 熱い。
 …少しだけ気の毒になった。

「……いいよ、このバカ。冗談だって」

 はぁはぁしながら「わかってる」と慧は言った。

「でもどうしてもいまこれしたい。ちょっと…怖くて考えたくない」
「…なんなの、お前」
「うん」

 しかし離してはぁはぁする慧に「仕方ないな」と立ち上がり、水を用意してやればもう寝てしまいそうで。

「起きろ、一瞬」

 初めてのキスは熱く、なんの味もしなかった。
 「うつるからダメ」と言うのも、少し切ないと感じ「良いから寝ろよ」と誠一は慧をベッドに運び側で寝た。

 まぁ確かに、あの日から思っている。

 そうだよ、お前には少し惚れたんだ、じゃなきゃ一緒に生活するなんて、無理だ。
 けど、妥協してこの距離で良いとやり込めたらよかったのになと、慧がいま、熱じゃなかったら犯していたのではないかという気がした。

 辛うじて、仲間の真摯さは確かに伝わったから、まだまだ妄想で良いだなんて随分飼い慣らされているな俺は、だなんて、消極的にだってなる。

 たまに、慧が夢で魘されているのも知っている。しかし今夜はより、身体的に辛そうに見えた。

 アナフィラキシーだけある、身体はどうやら弱いらしい。
 そんなの、手を焼きたくなるのもわかるよと、こいつの友達の顔が浮かんだ。

「セイさん、あぁ、セイさん、」

 例えば、裸の慧にキラキラした目で背中に手をまわされたら。この、まるで自傷行為のように自分で手垢を付けていくこんな人間が。

「好き、ねぇ、好き。もっと、もっと愛して?気持ちい?セイさん」

 全て舐め尽くしてやりたくなるだろう。
 それを、君は一体どんな顔で見上げるのだろうか。

 考えただけで泣きたくなる。

 誠一が側でそう考える理性にも構わず慧は胸元に顔を埋め、熱の出た熱い手でぎゅっと、抱きついてくる。

 まるで、置いていかないでと言うようなそれ。
 頭がぐわっと燃え、逆に冴えてしまった。

 その背に手を回し「どうした」と聞くシャツ越しの君。

「……少し、このままでいいですか」

 冗談じゃない、だが。

「…いいよ。色仕掛けしてくんな」
「怖いんです、熱が出た日は」

 背を擦り「冗談だから」という優等生な自分が先を考えているなんて思ってもいないだろう、こんな、倫理観をぶち壊されてしまったお前なんかは。

 慧の髪の匂いを嗅ぎ「畜生江崎の野郎」と、誠一はそうして理性を保った。

 おかげで、頭の悪い夢まで見てしまった。

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