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 私には、非常に厄介な知り合いがいた。

 私の信条として、人様事情に筆を通すのは、相手の尊厳もありしないことにしている。拠ってこれは与太話にすぎぬことと先に記しておこうと思う。

 その厄介な彼のことを、仮に三郎と記しておく。

 三郎というのはつまり、諸大名あたりの三男坊で親もまだ存命しており、家督の話もないような身の上の男だ。

 三郎は私とは真逆の心情を持つような性分の男で、一人でに銭独楽が裸足で逃げるが如しになんでも話すような人物だった。
 それこそ政治の話から、芝居にでも出てきそうな下世話な世間話まで、なんでもだ。

 舌も回るが金回りもよく、私は三郎から何かと「話の足しにしてくれ」と連れ回されていた。

 そんな朝焼けある日、私はいつものように、勝手知ったる料理屋に入った。

「今日は三郎はいないんかい?」

 店内にはそれなりに、夜明けの太夫やらがいることがある。その日も数名の、だらけた太夫が私を見ているような気がした。

 「今日は休みかい?まぁ、ほどほどにしときなさいよ」と、女将は私に茶の一杯を出してくれた。
 朝茶は良薬だ。丁度私は、昨晩口にした薬の切れが悪く、息も荒かったのだと思う。

 仕事上、朝方に三郎と会うことも多々ある。今日は確かにいないようだった。

 私としては三郎など、時に傍迷惑で嫌味な人物でしかないが、とうに絶縁した親からの言い付け「共にする輩は大切にしろ」という教えや、彼の金に甘んじてそれに付き合っていただけにすぎない。

 一息吐いたし、確かに今日も女将が言うように、急ぎではないが夕方の刷り込みがある。
 少々早めに仕事場へ向かおうかと席を立った矢先だった。

 三郎が店の暖簾を潜り、私の顔を見るや否や、いつもなら挨拶すらも独楽回しの癖に、何も言わずただ向かいに座ったのみなのだから、立ちかけた私はまた、座り直す羽目になる。

 髭も生え、髷も整わず、酒っ腹で座った目をした三郎は前触れもなく、「近頃の女は品がなくて仕方ねぇ、」と、やはり不機嫌そうに吐き捨てたのだった。

「あの女線香を目の前で折りやがってよ、」

 やはり、その手の話か…。
 仕方もない表情で、女将はすっと、三郎にも茶を出した。

「んなんだったら二回目で愛想悪くしとけってんだ、店主に文句言ってやったよ、客の目の前で線香折るったぁ、何事だとよ!」

 声が大きかった。

「おまけにあぁもう聞いた齢じゃ十八の盛りだと言ったくせに、まぁこっちは折られた線香じゃいけもしない、規則も何もぜーんぶがゆるゆるだ畜生め、」

 如何にも想像がついた。この男は初見からすぐに金をちらつかせるかのような自慢話をする男だ。
 それも、彼自身は全くの無自覚なのだから咎めても仕方がない。

 三郎の金は葱と同じなのだ。私もそう思って着き遊んでいる。

「挙げ句におれをなんつったと思う?擦れて痛ぇつぅんだからよ、んなわけあるかあんな阿婆擦れめ、」

 来たからにはどうせ彼の金なのだ。まぁまぁと、付き合う振りをし徳利を頼み宥めることにした。

「全く口が悪いね…」

 数名の女がささっと店から出て行く様に、女将が嫌な顔をしながら酒を出し、「朝茶にでもしたらどうだい」と呆れたように言ったのを覚えている。

「は、なんだ、こりゃあ酒じゃねぇか」
「そうじゃないよ。あんたもお武家の三男坊だろ、そろそろいいんじゃないのかいってことだ」
「は?」
「役者さ役者。まぁ、そんな立派なモンをこさえてんなら無理かもしれないけどね、芝居小屋がそこにあるだろって」
「なんだ婆!嗜みがねぇっつうのか!」

 三郎が怒鳴ったので、その日は早々に私が引き取ることにし、いつもは固く結ばれた財布から金を出し、女将に頭を下げておいた。

「役者なんて、顔だけじゃねぇか全く、何が嗜みだってんだ。んならお前の方が得だよな!」

 妙な難癖で朝は終わったのだが、三郎は夕方、神妙な顔付きで私の宿舎に現れた。

 朝の勢いもなく、しかし身なりは朝より整っている。
 彼は毎度の通り私に一言「時間はあるか」と言う。

 丁度、明日の分は刷り終わったばかりだし、時間は空いてしまった。
 一体どうしたのかと三郎に尋ねれば「お前、芝居を見たことがないだろ?」と得意気に言ってくる。

「朝の話だ、朝の」

 それは、遊郭で女郎に相手にされず、挙げ句行きつけの女将に「顔でも洗ってこい」と言われてしまったあれしかないだろうが…。

 三郎は普段、自慢ばかりをし自意識過剰で勝ち気の、江戸っ子を絵に描いたような男だ。その高慢な三郎があれを蒸し返す意図がわからない。

 あの話すらまさか、自分への自慢と捉えたのだとしたら随分と楽天家だが、今朝の怒りっぷりからそれはないだろうと考察する。

 私はどうしたのかと、よくわからず素直に聞いた。

「お前、先物は好きだろう?」

 確かに、職業柄私にはそういうところはあるが、それは意外だった。
 この、粗野で、女郎にすら馬鹿にされるような男が、と。

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