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 先に彼を嫌味ったらしいと書いたと思う。しかし単純に三郎は不思議と、私の的を射る面があるからそう感じるのだろうと自覚していた。

 私は恥ずかしくも、芝居だけはあまり触れてこなかった。
 あんな俗な話など、瓦版でも充分知ることが出来るからだ。

 あれを面白可笑しくするのだろうと高を括っているが、単純に金回りの問題もあった。
 物書きの金回りなどたかが知れている、だから三郎がいるのだ。

 その夜三郎は「兎に角付き合え」と言葉少なに私を連れ出した。

 先物と三郎は言ったが、芝居小屋は最近、少し寂れてきている。
 近頃、幕府の規制が厳しくなったと瓦版でも報じたことがあった。

 それでも人気はあるようで、目に入る店先やらはきらびやかで活気があった。
 何より、規制は厳しくなろうともなくならないのは…そういうことなのだ。

 昨日三郎が渡してきた薬は未だ私の鼓動を少しだけ早めていた。
 その薬は花街の外れで手に入れたそうだ。

 薬と言い芝居と言い、こちらも三郎に甘んじている節があるので言及をしないでいるが、こういった面でも三郎はどうも、奔放な性格だった。
 これに、親御も呆れているからこういう自由がこの男にはあるというのも私は見ている。

 芝居小屋の前まで来ると、三郎はふっと外観を見て「すげぇもんだよな」とぼやくが、入ることもなくすたすたと、まるで興味もなさそうにふいっと先を歩いて行ってしまった。

 勿論今の一言で、ここがそう、というのはわかっているだろうにと私が疑問の表情で着いて行けば、三郎は振り向き厭らしく笑い、「お前、昨日の調子はどうだった?」等と聞いてくる。

 確かに、三郎は侘びや寂びをわかる男ではないと思ってはいたから、何ら不思議でもない筈なのだが。

 よくわからないままに三郎は私の疑問に構わず、「まだ効いてんだろ?あれ」と面白そうに言う。

 芝居を見るのではなかったのか。

 こう聞こうとしたが、それではまるで私があの、俗物に興味があるような物言いだなと瞬時に過り黙っていれば「だよなぁ、おれもだ」等と三郎はまた下品に笑い歩き始めた。

 そのまま暫く歩き、芝居小屋も背中で喧騒も聞こえなくなってきた頃だった。

 特に目立たぬ外観だが…宿屋にしては大きい、そう、二階建てで遊郭ほどの広さの建物の前で再び三朗は私を振り返り、しかしどうやら私の意思を確認する意味もなく、その店の戸を開けたのだった。

「いらっしゃい」

 やはり仕様は遊郭だ。入り口で役者顔の…20代前半くらいだろうか、声に抑揚もない番台と…楼主の息子か何か、見世番だろうか。こちらは手を添え頭を下げ、私と三郎を出迎えた。

 なるほど、芝居小屋、つまり役者を買おうというのかと理解したが、女郎歌舞伎など先に書いた通り風紀の関係で厳しくなっている。

 流石に私は、一度三郎の肩を叩き軽く窘めたが、彼はそんなことを聞くような人間ではない。

 店からは宴会の三味線の音、盛り上がりが聞き取れる。

「初見なんだが」

 三郎は番台に、上等な銭入れから一両一分をぽんっと得意気に出したので驚いた。
 まさか、初見からそんなに出そうなど…いくら二人とは言え花魁の昼三ちゅうざん程の値段ではないか…。

 と、思ったのだが、台の金を眺めの見世番は首を捻り、「お一人です…か?」と疑問そうにそう言った。

「は、」
「この時間ですとお二人でしたら…二切ですと二分四朱で充分なのですが…やはりお一人で半日、でお間違いはありませんかね?」
「ん?」

 そう言われた三郎は間を孕んだが、番台がスッと料金表を見せてきた。

一切…一分
二切…一分二朱
半日…一両一分
一日…二両二分

 …見たことのないほどの値段だった。
 高い。そしてどうも遊郭と数え方が違う。

 私の立場はどうしようかと三郎を見ると、「あぁ、三回分だったんだ」と…いや、それだとしても二人分では計算が合わないではないか…と思い凝視してしまった。

 三郎は引っ込みもつかなかったらしい、「初見で悪かった、では二人で一切」と、財布に一分を戻した。
 番台と見世番はそれに顔を見合わせる。

「それでは少々お待ち下さい」

 そして例の早口で「宴会場は」と三郎が進み始め、「はい、ご案内いたします」と番台は見世番へ頷くように頭を軽く下げ、奥へ促してきた。

 側の間。そこは盛り上がっている。

 私と三郎は空いている隣の間で「ただいま太夫と料理をお持ちします」と少し待たされた。

 少し不思議な気分だった。

 隣が盛り上がっているのは聞こえるのだが、女達の黄色い声が聞こえないなと思えば、三郎が声を潜め「役者は高ぇんだな」とヒソヒソ話を始めた。

「流石に驚いた。しかし、所詮修行の、所謂振袖みたいなもんだろうに、この店大丈夫なんか?」

 三郎が金の心配をするなど珍しいが確かに、振袖であの値段なら随分なものだ。

 正直、いくらあの場で三郎が大金をぽんと出したといっても、ぼったくれるほどの金持ちには見えないと思う、ましてや金蔓が連れているのは私だ。

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