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「若ぇと、まぁ、少年だわな。少し柔らかさが女に似てるんだが」
「…ついに衆道とまで目覚めちまったんかい、あんた」

 朝茶を出しながら言う女将に「いや、そうじゃねぇんだが…」と、珍しく三郎が口吃った。

「まぁ庶民の教養じゃわからんだろう、武将が何故小姓を囲ったかなんて」
「はいはい。あんたも良い加減落ち着いたらどうだい」

 …三郎が言わんとしている感覚は恐らく、質感を知らなければと…正直言いたいこともわかった。
 一度経験してしまうと、少し、女では物足りないのだ。
 私についた盛りの遊女は最後、疲れ果てていた。私は、どうも遊郭の頃の感覚を忘れているらしい。

「役者志望の子か……」

 正直、一月も経てばあの文や…裏口の事情だ。やはり気に掛かっているのは間違いないが、薄れていく。

 例えば、三郎が言うようにあの感覚とあの感触が交じると、どんなものになるのだろう。
 というのが建前で、本当は少し…そう、み空にのしつけてやりたい気分になったのだ。

 その日はそれで終わった、朝の日。

 私はその秘密を握ったまま数日後、その少年を知ることになる。
 番台でまず「あぁ」と言われるくらいにはなった。

「楼主呼びますか」
「あ、いや…まぁ、み空はどうしている?」
「……」

 まぁ確かに、客に言う事情でもないかと答えは期待しなかったが、「元気ではありますよ」と番台は一言添えてきた。

 安心して目的を忘れそうになったが、いや、元気なのか?と思い出し、「今日は違くて…」としどろもどろになる。

「確かはづき太夫に以前聞いたが、遊郭の…3回通う仕組みでもないそうだな」
「はいまぁ…見世って感覚で勘違い、いや、正直言うと前楼主が敢えて、陰間茶屋との違いを出したかったらしいですね。ちなみにあたしなんかは元役者なんですが」

 そう言われ初めて顔をよく見てしまった。
 でも、そうだ、最初に抱いた印象でそう違いない。番台は確かに、精悍で男前だ。

「そうだったのか…」
「しかし、元楼主が生粋の衆道だったんですよ。あたしゃあ死に際にまぁ…役者をやめてここに来た質なんでと言えば、作家さんならわかりますか?」

 …もう私は作家で通っているんだな、ここでは…。

「いや…すまない、思ってるほど流行りに乗れていなくて」
「まぁ、そんな気はしましたが。
 あたしなんかはじゃぁ、面見てもわからないか。男形だったんですよ。でも女形の陰間修行ってやつにゃぁ、あまり触れてこなかった。一回は通る役者もいるんですがね、あたしゃあ異端かな。
 まぁ、ただ売名でって理由の男形もいましたがね」
「…どうしてそんな話を私に」
「いやぁ、作家さんならちょっとこういう事情って興味あるのかなと。大体、始めにウチの店の仕組みの話になったじゃないですか」
「あぁ、そっか」
「あたしが呼び込みなんで、と言ってもあたしがここに座ってりゃぁ、それだけで陰間も流れてくるっつー話で、最近はね。
 まぁ、前楼主が単純に役者も抱いてみたかったってのが恐らく本音の話でしょうがね。それが儲けに繋がるたぁ、面白いもんで。
 で、もしかしてえっと…こっちでは邑楽おうらって名でやってんですが、恐らく例の陰間を買いに来たんですよね?今日は丁度来てますよ」
「あぁ、そう、役者志望の」
「金は…今は遊郭の振袖くらいの値段でいいですよ。客側は“心付け”を渡してやるのが役者修行の一貫なんで。何れにしても楼主に聞いてきますね」

 元役者だと言った番台はあの時のように台を離れ、また待たされてしまった。

 …それだと店側の儲けは単純に減るんではないかと思ったが、そうか、ついでで影間を取っているんだもんな。
 …今日は来てると言っていたし、普段は稽古等をしているんだろうか。

 すぐに楼主と…恐らく10代程の、遊郭の振袖新造くらいには着飾った、笑窪が印象的な少年がやってきた。

「あぁ、どうも田崎殿」

 楼主が促すように少年の背を叩くと、少年はゆったりと御辞儀をし「初めまして、邑楽と申します」と、純粋そうな顔で笑った。

 声はどうやら変声期あたりなんだろうか。大人の女のフリをしてもやはり、少年だな…。

「楼主殿、こちらの方はどちらの部屋に」

 少し変な日本語だなとつい思ってしまったが、「こちらはまず、田崎信太郎殿だ、邑楽」と楼主が言うのになるほど、教養を得る、という点ではこれが手っ取り早いのかと妙に納得した。

「以前居らした三郎殿のお連れ様で」
「あぁ、なるほど。はは、彼もまた結構なお手前でしたよ」

 楼主と番台が目を合わせてから「枕事情を話すのは無礼だぞ邑楽」と楼主が邑楽を叱り、「すみません、」と頭を下げてきた。

「いえ、別に大丈夫…」
「あわや怖いわぁ。田崎殿ですね、早く行きましょ?」

 …なるほど、教育方針も違うから雰囲気が少し違うのかと理解した。
 邑楽は私の手を取りふっと、まるで版画のような動作で…位置的には調理場あたりだろうか、つんと眺めた。

 ふらっと私の手を取ったままそちらに行こうとする邑楽につられ私にも目に入った。とても楽しそうに笑ったみ空が料理を受け取りこちら側へ歩いてこようとする姿が。

 楼主の「邑楽、こっちだぞ」と言う声ではっとしたが、楼主が指しているのは反対側の廊下だった。
 「あぁ、はい」と平然とする邑楽は楼主を眺め…その目はまるで挑戦的で、気の強さを感じるものだった。

「間違えました。さて、行きましょうか田崎殿」

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