12
…邪念、憶測などをどうしても殺したいと気付けば、文を握り潰すように握っていたらしい。
帰宅し、開く勇気もなかったが、そもそも文は私の手汗で炭が滲み、所々読みにくくなってしまっていた。
結果論として男は店に安値の身請け金を出したようだ。しかし、不躾な男故に……。
次はどうやら涙まで染みたようだ。
何故み空がこんな物を私に託したのかはわからないが、冒頭には「役者になろうと思った際に、考えてみた話です」と…あった。
あの笑顔が滲む。
そうじゃないだろう。そんなこと、いくら私でもわかる、物を読めば、頭で考えれば、いや、そうじゃない、触れれば…そういうものだ。
…例えばその時の…生き残ってしまった男児がいま、母親と同じような職に就き生き延びているとして、彼は一体どう思うのだろうか…等と…。
身売りする者にしたら不運など、当たり前の話なのかもしれない。これを読むのは私である意味も別になく、ごく普通のことで…でも。
それを無作為だと誰かが私の頭で…喋る気がした。そんな不条理をいま一人、凝視している自分。
私も、芝居を楽しむ奴等と変わらないのかもしれない、そう叩きつけられたような気がした。
母親は結局言いくるめられ、男は別の女と駆け落ちの真似事までしたそうだ。
駆け落ちしようとした女も女で、楼を出ただけにすぎず、大分遊んだようだ。
結果弟が出来、義兄弟共に流行りの芝居小屋で働くことになった、と…。
“役者志望の子が先日お店にやってきまして、彼の輝きについつい私も田崎先生のように、何か筆を取ってみようかと思いました。
若い彼らの未来にはいつも、微笑ましく力を感じる昨今でございます。”
そう締め括られた文章を、彼は、どんな気持ちで綴ったのだろうかと考える。
私の放蕩ぶりには今、こういった生々しい世話物を受け止められるような気持ちが…ないような気がした。
彼よりも10も歳を重ねた自分。一言返事を書くとしたら「それはなかなか庶民受けしないかもしれないね」くらいに留めるべきなのだろうか。
彼はきっと、私がわかった上でこう返すのだと読み取るような気がする。
…明日の朝、もしも三郎を捕まえられたら、と考えた。夜は一度女を抱きに行こうと誘ってやろうかと…。
これは跨ぎなのだろうか…そうかもしれないな。私は酷く矮小で浅はかだ。言を垂れる割にはどこか逃げがあるから瓦版屋等というつまらない職に就いているのだ。
…一層、その母親が産んだ際にその子供を殺していたらどうだったのだろう、何故、産んだのだろう、どうして…きっとこっそりだったのだろう、折檻部屋で育てる程に可愛がってしまったのだろう。
男の私にはきっと一生わからない。
これもまた勝手な論だ。
母親がどうやら最後あたりには出てきていない理由も気になるが…考えたくない、なんとなくわかるからだ。
田崎先生、田崎先生。
その日の夜に見たみ空は口調通り、無のままにただ、私の耳元で囁くように「もっと、殺してくださいな」と言いながら私の背中に爪痕を付けた。
勿論、朝に起きてもそんなものはなく、ただの愁いで小料理屋に寄る。
どうやらありもしないのに背をぽりぽりと掻いていたらしく、女将に「そろそろ落ち着いたらどうだい」と嫌味を言われた。
暫くして遊郭帰りの三郎がやってきて、「やっぱ、若いと違ぇよな」と、つやつやした肌でそう言った。
「…女に戻ろうって」
「おうよう、暫くはな。お前も行くか?まぁ、今日は少し疲れたが」
「んー、そうだな。たまには」
「つーか、あれからなかなか…だしな。良い加減父親に知られそうだ」
そうか。
「…たまには遊郭の…宴会くらい、出してやるよ」
「……本当か?」
「高級じゃなくてもいいなら」
「じゃ、一回くらいあやかってやるわ」
私と三郎はそれから3回、今までとは街を変えた、女のいる遊郭で遊んだ。
女の場合、3回通って漸く1人の遊女が付く。もしも遊女を変える場合はまた1回目からという勘定になるのが大抵だ。
2回目からは久しぶりとあり、三郎が張り切って金を出してくれた。やはり三郎は金だけはある。
花魁とまでは行かずとも、太夫程がよかったらしい。
私に付いた遊女の話だが、敢えてしないでおく。ただ一つ言うなら「年期」は近かった。
そうなると接し方が変わってくる。たった一度で「そろそろ身請けの話が来そうで」だなんて煽ってくるのだ。
本当にそんな太客が付いているのなら、新参の客など相手にしないものだ。
やはりみ空を思い出しながら褥を共にした。
女はそう、どちらかと言えば受けて入れる器のようなものだが、男は違う。吸い入れ込んでくる感覚だ。
そして女は男よりも少し温度が低いのだと、受け入れられてみれば、感じる。
「…み空より安いしな…なんか違うが俺はこっちもありなんだが…」
終わったあとに三郎は小料理屋に向かう道中でそう言った。
こちらが特に聞かずとも「…年期が明けそうで身請けが、なんつわれっちまうとな…1回で、しかも花の盛りの16とくりゃぁ…」と、そうか、違う太夫でも同じことを言われたのか。
恐らく、入れ換えが激しい店なんだろう、そうなると通うのは流石になという見解に至り、ついで、「役者志望のヤツが凄くてな…」と、三郎は小料理屋で語り始めた。
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