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あれは、小さい広間の宴会場だった。
あては頭を下げたが「名乗らぬとは無礼な男娼だな」と武家の偉い男に言われたときだった。
「あぁ武田様。すまへんなぁそん子、唖者やから」
それなりに慣れていた。深々、頭を下げていれば「武田殿そんな際者もイケる口で?」と聞こえてくる。
「わての相手はどないなったん?」
「いや、いろはよ、」
「あーあ、こうしましょ。み空、頭上げぇな」
言われた通り恐る恐る顔を上げると「その上目やみ空、」と、いろは太夫は顔を歪めてそう言った。
「脱ぎな、いますぐ。
葉月、三味線でも弾きなさいな?踊るかみ空」
どうしていろは太夫を怒らせてしまったのだろうかと思った。
いろは太夫のお客様方はしかし、息を呑むのだから「あぁこうしましょ」と更にいろは太夫は吹っ掛ける。
弟分の葉月は流石に…と、兄貴分に言えぬままだが三味線を持ち目配せをする。
下の者に気を遣わせてしまうのも、いろは太夫の言う“際者”だからだと、あてには慣れたことだったのだが。
「武田様が相手にしてくれへんなら寂しいなぁ、早う来ぃやみ空。二人で踊りましょ。わても男や」
…怖かった。
何故か頭にあの日の、震える一に最後まで事を見せていた景色を思い出してしまう。
けれど…関係ない、間もなく「早しぃ、ったく連れて来てみればなんやこの様は」といろは太夫に機嫌悪く言われていまう。
「脱がないなら脱がすでみ空」
攻める口調。
冷や汗が出て頭もまわらなくなりそうだった。
葉月も俯いているのが見える。
申し訳ない、逃げ場もないと、焦るように着物をもたもたと脱げば、そこかしこから歓声が上がる。
そんな様。
いろは太夫はニヤリと笑い「出来るやないか、葉月、音を」と弟分に命じ、葉月はやっぱり「やめましょう」と言いたそうに兄貴分を見るが「なんやその目は」と窘められる。
「客喜ばすんがわてらの仕事や。すまへんな皆さん、まだ不出来なもんで。み空、おいで」
有無を言わせぬ態度で膳を退かしたいろは太夫は前に来いと床を叩く。
なんてやすけない、はしたないと泣きそうになったあてに構わずいろは太夫は足を広げ「早ぅ」と命じる。
俯いたまま三味線の音を鳴らし始めた葉月に申し訳なさが増す。ただ、確かに今の一言が真髄だった。
言われたままにいろは太夫の前に行くと「わかるやろ?」と煽られる、恐る恐る股ぐらに入り「はぁええわ」と言われるまであては続けた。
「さ、乗りや。わてと踊りましょ」
側で聞こえるはぁはぁとした息遣いに、一瞬自分が寝掛けていた事に気が付いた。
すぐさま目を覚まし丸まっている要の背を、息をしいやとゆったり擦る。
ここ3日程、あまり眠れていない。
震えた身体、涙目であてを見る要は「にぃさん…、」と辛そうで。
自分でどうにかしようとする要にはぁ、と息を吐いて見せ要が真似たところで、あては要の菊座に指を3本入れるのみにした。
ぐっと、指が千切れそうな程力を入れた要の背を撫ではぁ…はぁ、とあてが息遣いをして見せれば必死に、それを真似ようとする。
奈木が寝た頃、この子はあてのところに自力で帰ってくる。そして泣いているのだ。
泣いた時点で奈木には叱られてしまうかもしれないが、あては背を擦って「いいよ」と伝えている。
……この子、少し難儀だな。明らかに萎縮癖がある。だから奈木はわざと、ここに帰るように仕向けているとしか思えない。
『息吐きぃや、み空』
苦しそうにこっそりと耳元でいろはさんに言われたその声が頭に流れ込んだ。
『えぇから、楽になるで』と、首筋に唇をあて、三味線で誰も聞こえない程の声で彼は、そうあてに教えたのだ。
激しくいろはさんと交わりその場は見世物になったが、『あては客やない、果ててもええから』と言われ果てたあてを見た男達はそこかしこから、金を積んだ。
『あぁ、大変やねみ空。一人一人より一気に相手した方がええんちゃう?』
終わればまた不機嫌そうなふりをしたいろは太夫の歪んだ顔、でも彼は目で何かを語っていたのだ。
話さなくても充分にわかった、そんな気にさえなったあの日。
兄さんはそれから少しの間、折檻部屋に入れられてしまった。
要を撫でていた手を一度あての逸物に持っていき、「ええで…」と言ってやりたかった。
でも、仕込み中は身体で覚えさせなければならない…のに、最後には「客で出しているようじゃダメだ、客が汚れる」だなんて言われてしまうだろう。
本当は抜いてやりたいが調教済みらしい、要はこの3日で…出さずと果てる身体にされていた。
それをまだ、楽しいと思える年齢でもないはずだ。なんせ、漸く精通するかどうかの年齢なのだし。
堪忍してなという思いで要の手にあての手を被せ、上下させ、でも要は聡い、わかっている。
背を擦ってやれば涙目で「にさん、気もちいですか…?」と弱々しく聞いてくる。
勿論触れていれば、そうじゃないと要はわかっている。こんな不条理と、あてはやっぱり甘やかすように彼の頭を抱えて撫でてしまうのだ。
あの時、いろは兄さん、どんな気持ちやった?と聞いてみたかった。
あてには出来ないが多分、あんな態度も辛かったのだろうと、今なら思う。
ひっくと動く要の背をまた撫で、疲れて果てて寝てしまうまでそのまま続けた。
この刺激は、最初のうちはなかなか眠れないのだけど、後で奈木の元へしれっと返さねばならない。
今日も落ち着いて寝てくれた。
あてが奈木の部屋に通うのも、日課になってきている。
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