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 昼前に奈木に起こされ、要をあての見世に置いたまま買い出しに付き合わされた。
 奈木は外ではあての手を握り、「なんかいるもんあるかえ?」と聞いてきた。

 こんな風に知らんぷりを決めているが、帰ってから気付いたふりをして要を叱るのだろうか。
 それとも…いや、ないな。

「最近この辺にな、京の甘味処が出来たんよ」

 わざわざあての顔を覗き込んでまで言った奈木にはっとしたが、奈木は笑い「今は気にすんなや」と言ってきた。

「よぅ、連れ出しやで?楽しんでーな」

 …そんなこと言って別にあんた、客じゃないしとは言わないが、「一に言われたんやで」と、奈木は聞いてないことを言ってきた。

「たまには散歩させとけとな。一のせいにしたったらええよ。
 最後に外見たのいつや?み空。引退以来か?籠っとると太るで」

 はは、と笑った奈木は確かに、店にいるときと違う。いつもボサッとしたこの髪は癖っ毛だったのかと今、結い上げて見える額に思ったくらい。
 …本当は阿蘇さんと買い出しくらいは行く。が、こんな感じではなかった。

「くずきり好きか?ちゃんと出しとる店やで、み空」

 ……そう言えば、こちらで客に「くず餅な」と差し入れをされたとき、餅に黒蜜を掛けるもので、あての知っている甘味と違うことに少し驚いた。

 よく、子供の頃にあの狭い部屋で、遊女達が食べさせてくれたくずきり。つるつるが噛み切りにくくて特に好きではないが…少し懐かしい。

 あての顔を見た奈木は本当に子供のように笑い、「たまの息抜きや、付き合ってな」と手を引いてゆく。

 奈木が連れて行ってくれた甘味処のくずきりは本当に、あてが子供の頃に食べた、つるつるした寒天だった。

 …今日は少し、懐かしい気分。

 そういえば子供の頃、こっそり貰ったくずきりを喉に詰まらせてしまい、慌てた太夫がいた。

 母は「これも教育や」と太夫を責めず「よく噛んで、つるっと飲んだらあかんよ!」とあてに教えてくれていた。

「久しゅうやろ?」

 と奈木は言葉通りだったんだろう、つるっと飲み「うぶっ、」と噎せていた。

 …少しだけ笑ってしまった。

 それを見た奈木は「ちゃうわ、ホンマに久しかってん、」ともにゅもにゅ咀嚼し始めた。

 あては奈木のも見たのだしと、ちゃんと噛んで甘味を味わった。
 正直、こちらのくず餅の方が好きだったりするけれども。

 少し時間をかけて食べ、「あぁ、そう、桜や」と、奈木はお茶代を出し「ほれ」と手を貸してくれる。
 まぁ、側にも向かい側にもあるし、綺麗に咲いているのは、目に入っているんだけど。

 側の欄干に寄り掛かった奈木は「今年もよう咲いた」と、一房枝を折りあてに渡してきた。

 薄い色の小さな花。川にも沢山花びらが流れている。こんなによく見たことなかったなぁと貰った桜を眺めてみた。

「どこ行ってもどうせ綺麗な花なんやろて思っとたけど、歳食うとホンマに綺麗なんやなぁって思うわ」

 奈木は笑って「子供の頃の教えや」と言う。

 奈木や…要でさえもそう、家族の話はなんとなく聞かないものだから、どうしてここにいるのかなんて気にしたことがなかったけれど。

 あ、そういえばよく奈木は「親の面ぁ見てやりたいわ」と陰口は叩かれているな。

 大抵の郭で忘八ぼうはちと呼ばれるはずの楼主である一よりも、奈木の悪口を聞く方が多い。
 忘八とは、人を売って儲けるような徳も忘れた人でなし、という意味らしい。
 しかし、元楼主時代からいる者は皆言う、「一が楼主になって店は変わった」と。

 くるくる枝を回して桜を眺めていると「やっぱ、珍しいんか?」と奈木は聞いてきた。

「部屋にでも飾ったらどや?通りに腐る程あるからな、あんま、珍しいと思わんやろうと思っとったけど、花は見る場所で変わるよなぁ」

 確かに…と見上げてみればもう満開、後は散るだけなのかもしれないけれども。

「あ、深い意味はないからな。怒らんでな、花貰って怒る太夫おるけど」

 …バツが悪そう。
 あては頷きどうしようかと思いつつ、手を借りて「き れ い だ よ」と返しておいた。

「…せやね」

 なんだか柔和な…これが奈木の自然なのかもしれないと思うような笑顔だった。

 やっぱりどうしてこちらに来たのか、こんな非日常だからだろうか、聞こうかなと思えばふと、「あぁ、ええ機会やし」と奈木は言った。

日本橋にほんばしまで行くか?たまには見てみるのも、おもろいで」

 日本橋?

 疑問は伝わったらしいが、奈木は、「まぁ、頼んだのは夜までに来るからええねんけど」と続ける。

「ヨツメヤや。こんなん女の太夫にゃ言うたら張り手もんやけどな」

 この一言に…疑問が2,3個増えた気がする。

「まさか知らんの?確かにこっちがやる仕事やからそうかもしれんとは思っ」

 首を傾げて奈木が喋っている最中ではあるが、指を2…3とすれば「なんや?」と聞いてくる。

 何故下ってきたの?が先に思い浮かび、指で緩く弧を書き足元を指すと「あーね」と、長年顔を合わせるだけある、理解は早かったが、だからよりわからなかったらしい。

 奈木は間を起き「知らんかったん!?」と言った。

「吉原で妓夫やっとったんやけど、客と揉めて追い出されてな。そんなら実家の薬屋で働こ思たらやっぱ勘当された。薬本はくすねてきたけど」

 …今ので一気に二つ、解決した。なるほど妓夫だったのか…薬屋も納得した。

 奈木は「なんや久々に話したな…」と決まりが悪そう。

「妙な感じするなぁ…。で、後は?あ、四ツ目屋は道具屋やで?床の」

 全てが解決した

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