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女郎でない分、こちらも手を緩めないとわかっている感情への着火のし方…まるでいつぞや、幼い頃に三郎と川で「どちらが何匹魚を捕まえるか」の…遊びのようだと感じた。
これならどちらも気は悪くしない。
対局は静かに始まった。
みそらの一手一手はまるで本人を体現しているようだ。すっと静かに手を出して行く。
喋るとすれば三郎の唸りのみ、後半はそれが徐々に詰まって行く。
見ていても性格は出るものだ、三郎は…今回突然私を茶屋に連れ出すような男、少し破天荒だから読みにくい。それが強さの由来ではあるのだが。
みそらはみそらで守り固くも、大降りな三郎に然り気無くぽんと着いて行くところがあった。
「あっ」
私は思わず声を出してしまったが、それとほぼ同時だ、今まで静かだったみそらの一手がパチンと音を立て、三郎の見落としていた部分を取り、あっという間に王手を掛けてしまった。
「えっ、」
将棋盤を見つめ、三郎はどうやらその穴がなんだったのかというのを探っている。
私も意識半分で見ていてわからなかったが、なるほど、とわかったのは三郎と同時だったようだ、「うわっ、」と気付いた三郎は頭を抱え、暫し制止した。
「ま……負けました、」
三郎が認めてからの皆の歓声と三郎の落ち込み具合、青年太夫のしてやったりな顔とみそらの控えめな笑い。
「畜生!」と三郎は立ち、「あーくっそ、次は絶対負かす!」と、みそらの顔を見下ろして宣言し、その場から出て行ってしまった。
困ったなと思った矢先、みそらも「では」と言わんばかりに部屋から立ち去って行く。
「あーあ、バカだねぇあの男」
太夫はけっけと笑い「さて、あんたはどうする?」と振ってきたが。
「いや…私は付き添いなので…」
「まーそうかい。
はは、確かにウチは一見遊郭の仕様を取り入れてるからね。元はここ、遊郭だったらしいよ。
あんた、別にあたいと今寝てもいいんだよ?金貰ったし」
「は、」
…いや、遊郭は3回通ってな訳で…。
「いやいや騙したのははづき兄さんでしょ…」
「そりゃぁ弟分があんなんされちゃ、そうなるだろ」
どういうことか、私はそのはづき太夫に聞いてみた。
「まぁ初めてなんだろ、若衆茶屋なんて。お陰で楽して金が入った。
若衆も陰間も抱かれてなんぼなんだよ。陰間の子達だと元は女形の修行だからねぇ。
ま、太客が付いたようで安心だね。あの男どうせ遊郭でも3回分最初に払っちまう男なんだろ?ま、こっちは女より高いけどね。へっへっへ。いい勉強なんじゃないかい?」
…なるほど、そうだったのか。
「抱かないなら冷やかしだ、帰んな」
はづき太夫にそう言われてしまい、私もその夜は帰ることにしたが、最後、「あのみそらさんは…」と、ついつい口から滑り落ちていた。
「へぇ、お目が高いね。まぁ次どうぞ」
モヤモヤしたまま私は家に帰った。
その日私の夢にはみそらが出てきた。
夢を覚えていることなど、私には少ない話だが、起きた瞬間鮮明に覚えている、逸物が痛いほどだった。
あの凛としたみそらが私に囁くのだ、「田崎先生、田崎先生」と耳元で。実際、そんなわけはないのに。
あの繊細な音色と…糸を弾く指使い、その腕に伝う私の白濁とした感情を舐めとり、あの控えめな笑顔で…私を見るのだが、夢を見たあとも想像した。彼の一糸まとわぬ姿が想像出来ない。特に、下が。
私は彼を女として扱っていた。起きた瞬間、あの時の罪悪感のようなものが蘇った。
しかしそれも数日だ。
仕事に明け暮れ、夕方に芝居小屋付近をうろついて普通に帰る。何より、余程へこんだのか、三郎には7日経っても会わなかった。
実は、私も金がないわけでもなかった。
いつも勝手に三郎が私に出資をしてくれるだけで…料金表で言うところの1日分くらいは貯蓄している。
7日の間、一度行ってしまおうかとも考えたが、そもそも彼は裏方だ。
7日経てばわかる。あの葉月太夫のあしらい方は単に三郎が好みではなかったのだろう、と…遊郭でなら思うところだが…。
7日目の朝だった。
いつもの小料理屋で、遊郭帰りのような三郎に出会った。
またあの日のように無言で私の前に座り彼は開口一番、「あれから一度買った…いや…」と、目を輝かせていたが、疲れているようだった。
「負けたとしか言いようがない。二回目の方が高かったんだが」
どうやら頭が回ってないらしいと、私は女将に徳利を頼み続きを促した。
「…あいつはやべえ」
…それは…。
猪口に酒を注いでやる。気を良くしてくれる前に「内緒だぞ?」と、あの三郎が珍しく声を潜めた。
「暫くは行けねぇ…高いだけある。元は下り者だ、当たり前に売れていたらしい。
つーかよ、あの店主ぼりやがってよ、ホントは行ったその日にしっぽりいけるらしいんだ、クソめ、」
まぁ…私はそれをはづきから聞いていたが。
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