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「まぁ男なんて、あんなもんだ…」
…そのわりにまだあの…悔しそうな顔で猪口も震えている。一体どういった…ものなんだろうか。
「みそらが話せないのは前かららしいが…。ありゃあ、売りもんじゃねぇんだが、売れねぇ理由がわかった」
「えっ」
それは…買ったのはみそらなのか…はづきなのか。
「…兎に角俺はこれで胸を張って武士と言える。まぁ、お前には関係ないだろうがな」
…どうにもそれは妄想、想像でしか終わらないまま「じゃぁな」と、私が聞きたくても聞けないまま三郎はそそくさと帰ってしまった。
その後夕刊まで気になって仕方なかったが私も男だ。
三郎は暫く…と言っていたし、私は勇気を出し一人であの茶屋へ行ってみることにした。
あの番台が私を目にした瞬間、恐らくはづきが言ったように「冷やかしだ」と捉えたのか「金がない」と捉えたのかはわからないが、あのときとは全く違う、つまらない塵でも見るような対応で「一切一分ですが」と無愛想に答えた。
私は確かに一分を渡し、「みそらという人物に会いたい」と伝え、もう一分を追加した。
番台は驚いた表情で金を眺め「あんたもですか」と態度を露骨にした。
「あれ、売り物じゃあ」
「…私は彼と碁が打ちたい。知り合いは将棋で負け」
「…ははは!
しかし、では少々お待ちを。みそらと楼主に確認してきますよ」
そう言って番台は台から一度離れ、暫くは帰ってこなかった。
やはりダメなものかと、しかし、私はどうも諦められなかった。
座って待っていると、番台と見世番が現れ「あぁ、」と言った。
「…碁なら一切りで充分ですが」
「知り合いから聞いた。二度目は高かったと」
「まぁ、二切分でもいいんですが、本当に売り物ではないですよ?」
「碁を打ちたいそうで…」
見世番は何やら渋い顔をし、「まぁ、わかりました」と、今度は自ら案内をしてくれた。
特に愛想がないまま二階に上がると、二階の担当や何やらが、どうも見世番に目配せをし察した様子。
案内されたのは、最奥の、如何にも花魁が置かれそうな見世だった。
そこからわずかに、三味線の音が聞こえてくる。
あぁ、彼だ。
あの、指弾きの繊細な音で、しかしそれは他の雑踏に掻き消されてしまいそうな物だった。
そこにあの…みそらがいるのかと思うと不思議だ、身体の底がぞわぞわするのを感じた。
「兄さん」
そう見世番が声を掛けると、ふわっと音が止む。
戸を開けると、青い上等な単を羽織ったみそらと、側に布団が敷かれていた。
みそらは丸い、純粋なキラキラした目で三味線を置き、手をついて私に頭を下げてきた。
「ごゆるりと」
と言った見世番も頭を下げ、戸を閉め去って行く。
「えっと…」
…窓の月明かり。
とても美しいと、つい言葉をなくしてしまった。
会ってきた花魁など、あれが虚像などとわかっている。たくさんの簪や白粉の真っ白い肌。
そんなもの、本当にいらないものなんだと、この前と着物くらいしか変わらぬみそらに魅惚れて感じる。
みそらはごく自然、何も飾らない動作でパッと私の手を取り私の掌に、先日怪我をしたであろうあの指で「み 空 と 申 し ま す」と書いてきた。
それに答えようと私は…つい、み空の手を取ったが、はっと引っ張られてしまった。
いつの間にか布団に寝かされ、み空が上に乗っている。
み空は私の頬を両手で包み、少し顔を覗いてくる。
圧倒されてしまったが、まず私は「田崎信太」郎です、と名乗る前にみ空がはむはむと、何かを確かめるように下唇を食んできては、徐々に徐々に舌をちろちろと私の口の中に侵入させてくる。
女より、少しだけ体温が高いと感じた。
私は自然とそれに答えるように彼の頭を撫でようとしたが、まずは髪止めを解く。
深くなっていく口付けに、まるで心が粉々にされそうで…その粉々も解かすような優しい舌使い。
まるで私は、あの三味線だ。
熱い吐息と、ふっと離れた彼の唇、開けられた目。目が薄く綺麗な茶色なのだと知った。
ふふ、み空は私の目を見たので、はっきりと「田崎信太郎です」と名乗った。
優しい目付きで、耳を傾けるように待ってくれている。
「碁を…打ちに来た、つもりだった」
それを聞きながらも、み空は私の手を取り自分の…羽織っていた単をずり落とさせる。
この7日間、やはりみ空は私の夢に出てきていたのではないだろうか。その疚しさなど見透かされているように感じる。
み空は私の腰を浮かせるように手を入れ帯を抜き丁寧に畳み、今度は自分の襦袢の紐へ私の手を持って行く。
自然と互いに脱がせ合いながらも、み空は私の耳元に口付ける、丁寧な所作。
名前や言葉よりも、私、いや、互いを知り合いたいのだと思わせるようにゆっくり、ゆっくり着物に手を掛けながら、み空は私の表情を眺め様子を伺う様。
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