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夜勤の2時間前に、俺は春雪くんの家の前にいた。
俺が言っておいた通り、カーテンがほんの少しだけ開き、揺れている。
彼が、耐えるように枕に突っ伏し、ゆさゆさと揺れているのが見て取れた。
ふっと、顔をこちらに向けた春雪くんの顔は火照っている。
彼の目には光もなく、男の手で口を塞がれ…その指が彼の口内を犯している。
体勢はうつ伏せ…より、後ろに引っ張られたようだ。
息もし辛いのだろう、苦しそうな彼に男が楽しそうに何を言ったかまではわからない。
俺は窓の外から「今から行くよ」と、玄関側を指し春雪くんに合図をした。
外は夜。
部屋の明かりでありありと、カーテン越しの影でもわかった。あれは、未成年に対する性的暴行、虐待だ。
申し訳ないけれどという気持ちを捨て、写真を一枚撮っておく。
そして玄関に立ちすうっと息を吐き、チャイムを鳴らした。
デジカメの写真を確認する。揺れでブレてしまっていた。
向こう側に静寂が走った気がしたので、また少し待ちもう二回チャイムを鳴らす。
光は漏れているんだ、居留守なのはわかっているよという意思表示だ。
それでもまだ間がある。いい加減にしろとチャイムを鳴らせば向こう側で「だーっ、うっせぇな、」とイライラした声とこちらへ向かう足音、「はいぃ!?」とドア越しで男の声がした。
決戦だ。
「夜分遅くにすみません、警察の者ですが」
男はがちゃっと荒々しく扉を開け「なんすか」と露骨に不機嫌な態度、シャツと下着のみでこちらに応じた。
「先日来たのですが」
「あぁ?そーでしたっ」
俺は男が何かを言う前にデジカメの写真をぐっと近付けて見せ、「付近住民から騒音被害で110番通報がありまして」と告げる。
男は硬直してしまったようだ。
「写真ではわかりにくいですがこちら、この家に住む母子家庭のお子さん、芳沢春雪くんでお間違いないですよね?」
男が「知…らねぇよ、」と動揺しながら扉を閉めようとしたので、咄嗟に足を挟んで阻止をした。
これ、わりと痛いな。手帳を出してドアノブを引く。
力はこちらの方が少し優勢なようだ。
「任意同行を、求めたいのですが」
「任意?じゃ、」
「ハルくん、いるだろ?ちょっといいかな」
「な、」
「母子家庭であれば不正受給などの問題もあるかもしれませんしあんた何より、これって暴行じゃありませんか、」
身体に力を入れているせいか、声にも力が籠る。
閉められていたリビングの戸が開き、シャツだけを羽織った春雪くんが「ちゅーざいさん、」と顔を覗かせてくれた。
「ハルくん」
「…おいてめぇハル、」
春雪くんがびくっと怯えたのが見えたので、「あ、それは未成年への、恫喝ですか?」と捲し立てる。
「はぁ!?」
「ちゅーざいさん、」
…泣きそうな声だった。
情けなくも、俺も泣きそうになりつつ、「おいで、春雪くん」と振り絞って声を掛けた。
「ごめん、任意だけど」
「……わかりました」
そう言って一度引っ込む春雪くんに「何言ってんだよてめぇ!」と怒鳴り今にも殴りに行きそうな男の手を掴み「任意同行への抑制は法律上アウトなんですけど、」と伝える。
「だから、」
「今俺は春雪くんに任意同行を求めました。
貴方が応じないならお待ちいただければと思いますが、あ、春雪くんにあれ言えこれ言えという誘導もアウトですからね、」
手を離す。
男は焦り、扉を閉めようとするので「ハルくん、準備出来たら窓からでも良いよ!」と言っておいた。
「…なんなんだよお前!」
「もう一度見せましょうか?橋前交番の」
「駐在さん」
春雪くんは羽織ったのみに近い、薄手の格好で玄関までやってきて「矢野さん、行ってくる」と男に告げ、間をスッと抜け外に出てきた。
ぱっとドアノブを離すと力は掛かっていない、あっさり閉まり「あのね、」と春雪くんは俺に涙の笑顔を向けてきた。
「今日俺、誕生日なんだぁ…、」
そう言って俯き、我慢は出来なかったらしい。袖で涙を拭う春雪くんの姿に、俺は思わず彼を抱き絞め、頭を撫で、ただただ、出て行きそうなごちゃごちゃとした言葉を切り捨て「…おめでとう」としか言えなかった。
「…大したもんは買えないが、甘いもん好き?コンビニで何か買ってから行こうか。誕生日に交番なんて」
「駐在さんでよかっ…名前、なんだったっけ…?」
「…西賀芳明だよ」
「西賀さん。西賀さんでよかったよ、よかった、本当に……っ!」
食い縛るように泣く彼に暫く「よし…よし、」と溢れる涙を拭ってやった。
16歳の誕生日、君が産まれた日。こんなことになるなんて。
ただ、きっと知って欲しいから言ったんだと、夜勤引き継ぎは片方に任せ、奥を借り茶菓子を食べながら事情を聞いた。
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