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 児相職員も、「無理がないくらいにやることがあった方が傷は癒えますよ」と助言をしてくれた。

 春雪くんはまだ大人への不信感が強く、児相でも「どうせあと2年としか考えてないでしょ、」と職員に泣き喚く場面もあった。施設の話が出た際だ。

「あと2年もすればみんな俺なんて…学校もそう、ただ来させればいいみたいな、行きたいって言った返答がこれだ、仕事なんでしょ、俺なんていてもいなくても変わらないんでしょ!」

 多分、この一言が俺を動かしたんだと思う。

「…それでも、まずは2年先を見てみないか?
 2年経てばきっと、まぁまず大学だなんだと、もっと舞い込んでくるんだよ。君はいま、自分の好きなことを考えて良いんだよ。寧ろ、今しか出来ないんだから」

 きっと、そんなことを言われたこともなかったんだと思う。春雪くんは更に泣いて、今日に至った。

 一つだけ児相で引っ掛かった問題がある。それは、俺の若さだった。

「収入は安定されてるとは思いますが、今のところ不規則な生活ですし、何より貴方にも未来があるかと思います。
 春雪くんが大人になるまでに…例えばいい女性が現れご結婚、となる可能性はありますよね。その辺はどうお考えですか?」

 泣きながら俯く彼はその時だけ静かに、耳を傾けているのがわかった。

「……こんなことはあなた方に言いたくありませんが、もう少し考えませんか?彼の境遇を聞いてどうして今、この場で目の前でそんなことが言えるんですか?
 過保護だがどうも無責任で無自覚だと言いたい、春雪くんが感じていることは全くその通りですね。
 簡単ですよ、まず少し先のこと。彼が成人するまでは結婚も考えませんし、この先勤務はどうなるかわからないが今のところ上司は事情を知っている。出来るだけ昼勤務にするつもりですよ」
「それは…っ、」

 春雪くんがパッと俺を見た。俺は彼に「当たり前だろ」と答える。

「そこまで覚悟がないなら県警案件にもなったし、ほっとくよ。
 大人って思ったより悪いものでも良いものでもあるからね。君が言ったリストカットと同じだ、麻痺してしまうんだよ」
「…でも、」
「だから俺の勝手なエゴを利用してくれ、あとまず二十歳までは申し訳ないけど。でも、もっと先を考えたらきっとそのうちその痛みは薄くなるから、臆することはないよ。
 その4年で君が傷付いたなら、俺もそれと同じくらいの傷を作ることにする。でも俺はそんなのは嫌だ。だから君にはいましたいことをして欲しい」

 ポカンとした隙に彼の頭を撫で「ほらな、大人なんて勝手だろ」と笑ってやった。

「それに、定期調査は入るんですよね?本当に考えてくれるのならいちゃもん着けて検挙率に使わないでくださいね。まぁ、監視カメラ着けて頂いても結構ですよ、如何ですか」

 印象は悪かったかもしれないが、彼らの春雪くんへの目的は医療的に見ても「親から引き剥がすこと」だ。

 まずは調査期間、春雪くんを預かることになり、それからOKが出たのは僅か2週間ほどだった。

 その報告を受け正式に「養子縁組」を組んだとき、こんなときに警察の目が無視出来るのは確かに楽かもしれないと思った。
 これは児相でなければ間違いなく、「親の許可を取らねばならない」事態に発展するからだ。

 春雪くんが家に来てから初めて、高梨のメンタルクリニックに連れて行った。

 高梨は彼の顔を見て安心したような顔をし、俺に「全くな」と穏やかに言った。

「本当にやるとは思わなかったよ、西賀。
 ……さて、ハルくん」

 高梨は彼に向き合い、そう呼んだ。

 当の春雪くんはふっと俯き恐る恐る高梨を伏し目がちに見て、「はい、あの……」と、何かを言いたそうだが、それを止めた。
まるでそれは、諦めたような態度に見えた。

「なるほど」

 高梨は片手で手元を見もずにキーボードを打ち「初めまして、西賀春雪くん」と挨拶をした。

 カルテには“芳沢春雪”、“挙動不審”と一句も間違えずに書き込まれた。

 高梨は伏し目の彼に、首から下げた医師カードを見せ、「不躾で悪かった。高梨タカナシ雅博マサヒロと申します」と名乗る。
 春雪くんは少し睨むように高梨を見上げ、「……芳沢春雪でした」と言う。

「よし、やっと目を見てくれたね。西賀から聞いてるよ」

 今度は西賀春雪と書き換え、隣に(旧姓 芳沢)と入れた。

「少しは西賀から聞いた。君のお母さんの…主治医というわけではなかったんだけど、俺はいま研修医でね。君が初めての担当かな。
 西賀がどこまで話したかはわからないが、君のお母さんは“代理ミュンヒハウゼン症候群”と正式に病名が下り、裁判所にもそれは提出した。
 まずは、自覚するところから始めようか。というところで今日は、雑談をしよう。なんでもいい、が…そうだなぁ」

 高梨は俺を見上げ、それから春雪くんを見て、「嫌だったことから、まずは話して行こうか。出来るだけ思い出して」
「高梨、」
「西賀、ここからは俺の分野だ。さて、まず思い付いたのはなんだい?」

 …所謂、ショック療法、というやつだったりするんだろうか…。

 高梨は、ポカンとした春雪くんに「ゆっくりでいいから」と笑顔を作りつつ、たまに俺をチラッと見、春雪くんに対峙する。

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