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彼は、膝を抱え込みぼんやりとテレビを眺めている。
朝のニュースですら、さらっとしかやらない内容だった。33歳女性が15歳の息子に睡眠薬を飲ませていたというニュース。
代理ミュンヒハウゼン症候群とミュンヒハウゼン症候群の違いについてのニュースに彼は「俺はどっちなのかな」と呟いた。
「高梨は代理じゃないかと言ってたけど」
「でも、リスカは自発行為だよ。これを見れば母さんが安心するというか…嬉しそうに薬を貰いに行く。けど、単純に自分のことが嫌いだった方が大きい」
「元々特殊例な上、更に拗らせてはいると、診断書には頭を悩ませていたな」
テレビを変えてみた。
が、結局どこも同じ内容を取り上げている。
いっそ消そうかと思えばそろそろ家を出る時間であることに気付き、「悪い」と髪を撫でようとした。
ビクッと驚かせてしてしまったようなので、肩にそっと手を置く。
「昼は何か…急で申し訳ない、用意が出来なかった」
財布から1000円札を一枚出し、テーブルに置く。
春雪くんの振り向いた目がキラキラ光って見えた。
「…今日は遅いの?」
「何事もなければ18時くらいには率先して帰してくれそうだよ」
「…じゃあ、もう1000円だけくれない?」
「ん?」
「買い物に行ってくるよ。夕飯作る」
「…あぁ、じゃあさ。帰りに一緒に作らない?俺実は料理下手で」
「…うん、でも疲れてないの?」
「出来たら楽しいだろうなって思ってたから大丈夫。
ハルくん」
またビクッとした。
何が嫌なのか…こればかりは接していかなければわからないし俺も自然体で居なければ。
俺が「行ってくるね」と家を出ようとすると、彼は玄関で「待って」と立ち尽くした。
振り向けば少しぎこちなく笑い、「いっ…てらっしゃい」と手を振ってくれた。
…そうだね。昨日より今日は、素晴らしいよ。
「…うん、行ってきます」
過去、昨日という身近にどんなことがあっても、また新しい日常が当たり前にやってくる。
ニュース通り、芳沢香菜は未成年に対する薬事法違反、殺人未遂容疑で今頃県警の取り調べを受けている。
一緒にいた男、矢野洋は逃走を図ったが、俺がとっくに話を通していた。すぐに近くの河原で身柄を確保されたが、この一部の情報は世に出ない。
それは俺が、春雪くんに身体検査の条件を飲ませたのと引き換えに、報道規制を掛けてくれと掛け合ったからだ。
マスコミはえげつない。
あることは膨らませるし、ないことも付け加え面白おかしくエンターテイメントにしたがる。
少年の心ではとても耐えられるものではないだろう。
そのえげつないマスコミの力は少しだけ役に立った。
同棲していた男性が薬を合法ドラッグとして流していたのではないか?では、合法ドラッグとは、と、話題が切り替わったのだ。
何より、俺が選んで春雪くんに知らせていないこともある。
母親の不正受給の話だ。
それ自体は春雪くんも理解しているだろうが、彼女はその他にも、SCと役所それぞれにコンタクトを取り、通わせられないと泣きついて学費の全額免除と支援、つまり二重の受給を訴えていたらしい。
春雪くんは確かに、学校へは行ったり行かなかったりしていたらしい。
行っても午前のみの事も多かったのだそうで、出席日数について言われていたと本人から聞いた。恐らく、学費支援はローン制だとわかっていたのだろう。しかし、本当は一律制だ。
出席日数が増えないようにと男が部屋の前に板を起き閉じ込めていた日もあったようだし、春雪くんにとってもその状態では学校に馴染めるわけもない。
いざ、支援のみならず免除とも話が通れば母の心配と男の存在、それ故にふらっと制服を来てどこかに出掛けたりすることもあったそうだ。
話しを聞けば聞くほど、彼なりに「どうしたらいいんだろう」と踠いて、しかし出来ることが限られていた。
やり場も居場所もなかったんだと…交番に来たときの安堵は多分、これだったのだろう。
いまは事情を学校側へ話し、取り敢えず2年次からの登校か定時制をと、ゆったりした提案をしてもらってはいるが、俺は転校をしてもいいかと思い始めている。
児相案件は警察も踏み入れないし自分が関わった案件、としては法に触れないかどうかも微妙なラインだったが、お堅い職というのはこんな時に便利だ。
手帳を見、一緒に話しに行けば事情も知っている収入の安定した大人、という認識の方が強く残るようだ。
児相職員とマンツーマンで話した際に、「本人と相談するが、二年次や定時制よりは心機一転し、転校することも視野に入れている」と伝えた。
春雪くんの学力だが、担任によるとテストの点は悪くないと言っていた。
春雪くんは県内でそこそこな県立高校に行っている。
学校も児相やらの聞き取り調査対象になると思うが、だからこそ「もう少しだけ上の学校で一からやるか、専門系の高校でもいいかもしれない」と証言してくると…いいな、と思う。
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