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「賢いね。そうそう、敢えてそう例えた。
だから、君が悪い、君の母親が悪い、なんて烏滸がましいわけ。
難しく臭く言ったがつまり、悪いことはぜーんぶ空気だとか空だとか神様なんだよ。
どうだ?こうすれば誰も恨まずやり過ごせるし、許容や視野に繋がる。そう思えないか?俺は結構この坊主の話、好きなんだ。
君は抵抗をしない。それは、非常に恐ろしいと西賀も感じただろう、俺も感じている。さて、君は何が悪いと思う?」
「…俺じゃないってこと?」
「それもまた違う。まだまだ誰かの悪にもなれないよ、君は。なろうとすることを許容しなくて良い。どうだ?」
「…わかんない」
「病はまず、受け入れることから始まるんだ。
あのね、君、そうだ、星が好きなんだってね。じゃあ、君は宇宙から見たら無に等しい。だからこれを悲観に持っていくのはバカらしいって話。広いんだから、豊かに出来るんだよ」
「…なるほど」
同じタイミングで俺も「なるほど」と思った。
「まぁ、それもまた怖くなるんだよ。それも、宇宙の中のほんの一つの考えとしよう。持ち歩く物はその中で自分が選んだ日用品だ。使うときと使わないものがある、ということで」
ほんの少し先でも良い。漠然の中から小さな何かを見つけ出す。
診察を終えてすぐ、高梨からこっそりメールが来た。春雪くんはよく髪を掴まれていたらしいから、と。
案外マメなヤツだったんだな。でも、気にしなかっただけで昔からそうだったのかもしれない。
俺も考え方が変わったよと送ると、お前も診てやるよだなんて返ってくる。
全く、まぁ、意外なところでこうして俺も「本当の友人」なんかを持った瞬間だったのかもしれない。
変わらないようで新しい生活。不思議な気分だった。
あの事件の次の当直から、自転車ばかりを眺めて勤務を終えるようになった。
はっきりとこうして日常が戻ってくる。この一ヶ月ほどが嘘のようだ。特に、橋で彼を見つけた一週間くらいが。
「西賀」
「はい?」
「お前、ちらっと異動したいかもって言ってたよな」
「…まぁ、まだ追々ですが」
「実はなぁ、まぁ来年度だ。確定じゃないが今回の件でな、わりと好評価と言っちゃなんだが…ここは本当に切符切り以外に仕事がないだろ?」
「…まあ、主な仕事はそれですね。あとは夜間の近所トラブル」
「……少しだけ掛かるが、東京に移りそうかも、俺」
東…京?
「……警視庁ですか、もしかして」
「まぁな。
それでな、丁度良いしお前もどうかと思ったんだ」
「…マジっすか、」
「そろそろ良い頃合いだろ。見たか、新聞もテレビも…ネットニュース?すら、少しずつだが取り上げた案件だぞ。それが、交番発祥だなんて」
「……」
正直複雑だった。だが、署長は帰り道「皮肉なことにな」と、俺の心境を読んだかのようだった。
「東京の高校へ編入は出来そうか?あの子は」
「…どうなんだろう…。教員曰く成績は悪くはない、もう少し上でも良いか、専門系も良いかもと選択肢は与えられましたが、東京は想定してなかったなぁ…」
「まぁ市立…うーんと、東京では区立って言うのか?それくらいなら」
「元々県立高校に通ってますからね…県立高校ってなんだろう、都立、なのかなぁ」
「収入もあっち行って上げたいところじゃないか?」
「まぁ、そうなると、そうですが」
「少し考えてくれないか。今回は皮肉でなく、お前には感謝しているんだ」
…なるほどな。
「…ちょっと、担任の先生に確認してみますよ。ただ、無理そうならすみませんが残るかもしれません。
やることを与えるのは良いらしいのですが、あ、あとそうなるとメンタルクリニックか。こっちは高梨にお願いするとして、ただ、まだ無理は出来ないし、あの子…どこが自分で無理なんだという心の感覚が、掴めていないようなんですよね」
「…わかった。まぁ、もっと後からでもいい。俺もまずは県警本部に行って…の手順だし。いれば引っ張る…くらいにはなっとくよ」
そんなこんなで署長と別れ、帰宅した。
「ただいま」
しかし、聞こえてきたのはシャワーの音だった。
随分早いなと部屋に戻れば寒い。
どうしたのかと思えば窓が開いていて…ゴミ箱にティッシュが捨ててあり、察した。
…そっか、確かに多感な時期だ…。ましてや性的虐待とはいえ身体は発達している、そりゃあそうだよな…と、ぼんやり思いながらクローゼットにワイシャツを掛ける。
すぐにガラッと風呂場から音がして「あぁ、お帰りなさい」と言った彼は真っ裸で棚からタオルを引っ張り出していた。
…随分綺麗な身体だな…。
多分俺の10年前はこんなにキメ細やかそうでもなかった、なんせバスケ部だし色白でもなかったし…成長期の不思議な身体付き。柔らかそうでも硬そうでもある。
ぼんやりしそうになり、「あ、ただいま」と返事をする。
ほかほかな彼は「料理、下手だって言ってたんで」と…笑みまでがどうも艶かしく見えて仕方ない。
あの営業職の中抜けパチンカスはこの身体を弄んでいたのか。
あ、良くないな今のはと、自然と目を反らすに務めスーツを掛ければ「カレーからなんてどうかなって」と楽しそうな声がした。
「でも、わからなかったからシチューのやつも買っておきました」
するする、寝巻きを着る音がする…今度からはこの扉、閉めておこう…。
「あとビーフシチューも買ってみて」
「そんなに買ってきたの!?」
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