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パッと見れば着替え終わっている。彼は可愛らしい笑顔で「はい」と言った。
「どれが良いですか?材料はどれも変わらないのですが」
…いや、流石にそれは俺も作れるよ野菜切って溶かすだけだしと思いつつ「君は…どれがいい?」と聞いてみた。
「うーん、ビーフシチュー」
…唯一材料が違うだろう選択肢につい「ふ、」と笑ってしまった。
「いいね、ビーフシチュー。ただ、唯一入れる物が減りそうじゃない?」
「え?そうですか?」
「多分だけど…牛肉と玉ねぎくらいしか、入れないんじゃないかな〜…イメージ」
「家は入れましたよ?」
「そっかそっか。じゃあ手伝うよ」
俺もさっさと着替えようとシャツを脱げば「…駐在さん凄ーい、細マッチョだ…」と言われ恥ずかしくなったが、彼は側に来てじっと眺め、「シックス?とにかく割れてるパックだ」と腹を触るのがくすぐったくて「ちょ、くすぐったいくすぐったい!」と笑うのもまた「動いてるー!」とやめてくれない。
「やめなさいやめてください、ほ、ほらキッチン」
「いやぁ見事だなぁって…」
「そりゃ鍛えてますからね、」
「いいなぁ」
さっとスウェットを被れば諦めたらしい。キッチンに向かったのでもうここは本当に閉めよう、と風呂場とウォークインの間の引戸を閉めておいた。
キッチンに向かうと彼は野菜を取り出し、「駐在さんは野菜皮剥き係」と言った。
「あ、てゆうか駐在さんって変だね。なんて呼んだら良いですか?」
「…まぁ好きに、だけど」
「名字は一緒になりましたもんね。じゃあ、芳明さん?」
悪くないな。
「よっしー?」
「芳明でいいです」
「ていうか芳沢と芳明被るの凄いよねーどっちもあるようでないような気がするんだけど」
饒舌に喋りながら包丁とまな板を出す姿を見て少し考え、「俺切る係やるよ」と提案する。
「ん?」
「君は野菜を洗って皮剥いてくださいよ」
「わかった」
言うことを聞いて野菜を洗い始めた彼にそうだ、「ハル」と読んでも表情は見えないしぎこちなく野菜は洗われているが、「はい、」と少し声のトーンが下がったのがわかった。
「…ユキって呼んでいい?」
「え?」
顔を上げた彼に、なんだか多分俺しか呼ばないのかもなとニヤけそうになり、「ユキ、ユキ」と連呼すれば彼は顔を反らし、機械のようにこくっと頭を下げた。
多分、表情は照れたようなものだった。
「あ、気に入ってくれた?」
「い…いや、ビックリというか…」
「ハルも可愛いけどユキもいいだろ?」
「ん…わかんない、けど…」
ニンジンをふるふる震わせて皮を剥き始めたのにうわ、俺が悪いだろうけどなんだか危なっかしいとそわそわしてしまった。
やめればよかったなと思った瞬間、「多分ちゅーざ…芳明さんだけだと、思う…慣れないかも…」と言うユキの姿につい、嬉しくもなった。
「なんとなくね、なんとなく」
話題を変えよう。
「そういえばユキ、お昼は何食べたの」
「…ん?え?
あ、あぁ、別に何も」
「えっ」
ことんとニンジンがまな板に置かれた。
まずはヘタを落としながら、えっと、輪切りじゃないよな多分…と考えていると、それは伝わったらしい。
「やっぱり俺切る」と言われてしまい、呆気なくポジションをチェンジした。
ユキはまな板の上でニンジンをころころと位置を変え斜めに包丁を入れながら「乱切りだよ」と説明してくれた。
「…もしかして夕飯待ってた、とかないよね?お金足りな」
「あぁ、違くて、」
鍋にそのニンジンを入れ火を掛けながら「ずっと家にいるせいかなんか、食べないの当たり前になっちゃって」と普通そうに言う。
「腹減らない?」
「うーん減ってるかもしれないけど」
「…無理にとは言わないけど…」
考える。
「シックスパックになるにはまず食わないと」
「お?」
「頭もまわらなくなるしな。勉強にも良くな」
「あのね、芳明さん」
ジャガイモを渡すと彼は切りながら「学校とかいいからバイトしようかなって」と言い出した。
「え?」
「ほら、別にここ、母子家庭じゃない…あれ、申請って継続だっけ…?」
「あ、らしいね。なんかそれも逆に監視臭いよな…だからというかお金の問題なら話しただろ?問題ないし…。
タイミング良いな、言っちゃお。二年次から東京に進学しないか?」
「………」
黙ったのちユキは「東京!?」と驚いた。
うわぁ指切りそう、言うタイミング間違えたな。
「……所長が警視庁からスカウト来て…まぁ県警に研修、からだけど。良ければって言ってくれたんだが…」
「俺バカだよ!?」
「担任にはそこそこって聞いたけど」
「そこそこバカって意味だと思うよ!?」
「えー、でもあの高校それなりな県立じゃん」
「…まぁだって県立しか無理だったし…。でも」
「無理するならやめとくけど、バイトとか言うよりまずじゃぁ、警視庁の方が月給高い」
「だろうね!」
「どうしたいか聞いてから、担任に相談しようかなと思ってた」
「ん〜〜」
「まず先にやれることを一つ作ろう。飯食って勉強!」
「…確かに」
「まぁ勉強嫌い?」
「いや、そうでもない。なんとも」
「じゃ、やっといて損はないな。
来年度だから。落ちたり、まぁ、何より君が嫌になったら俺は残るつもりだけど」
「…なんかなぁ…」
ユキはジャガイモも鍋に入れ、項垂れた。
そっと玉ねぎを渡すと切りながら「…なんて言っていいかわかんないけどもどか」の途中、「あっ!」と上を向いた。
「下向いてるとヤバイ玉ねぎ!」
「あーじゃあ俺が切るよ。鍋やって鍋」
「はぁい」
ポジションを更に変え、「まぁわかるよ」と言っておいた。
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