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「お〜い、」
変だなぁ、と思った。
公園で一人、ボールを手で衝いたり、ぼーっと持っているだけだったり、かと思えばまた思い出したかのようにジャングルジムをバスケットゴール変わりにしてみたりと、ただのボールを持て余しているヤツを。
たまに見掛けるけれど、よくは知らないその子。
いつでも、寂しそうだと思っていた。
「お〜い」だなんて、たまたま声を掛けたタイミングでジャングルジムにボールが挟まってしまい、その子は小さく「あっ」と呟いた。
それが、初めて聞いた声だった。
少し色素の薄い髪。それが日に当たり綺麗だなと、そのとき洸太は一瞬…言うならば見惚れてしまったのだ。
その子はぽかんとした顔で、挟まったボールをただ見上げるだけだった。
男の下心を初めて覚えた日。洸太は考えもなしに取り巻きを放っておき、「取ってやるよ」とその子の元へ駆け出していた。
「え…?」
控えめに振り向いたその子が、更に洸太の下心を加速させた。二重で…とても可愛らしい子につい、カッコを付けたくなったのだ。
洸太はひょいひょいと得意気にジャングルジムに登ってまわりを見回し、どうせなら一緒に遊びたいと純粋に思った。
挟まったボールをスポッと抜き、仲間の方へ投げようとしたのだが。
「あっ!!」
驚いた声を聞いたのも初めてだったけれど、片手の支えだけだった洸太はそのままあっさりゴツっと鈍い音を立て空が見えた。
「青いなぁ」と思ったはずが、次の瞬間には病院の白い天井が見えていた。
覚えている。
あの時ひたすらに謝っていた…エプロンのままのおばさんと、コックの服を着たおじさんが自分の両親にひたすら平謝りをしている姿。
例の、二重のその子はもじもじ気まずそうで、しまいには父親だろう、コックさんにがっと頭を掴んで下げさせられ。
洸太の母親はその姿に「いやいやウチのはやんちゃなんです」と、笑いながら謙遜をしていた。
母親はその子の目線にしゃがみ、「そんなことより、ごめんね」と、コックさんの変わりに頭を撫でてやっていた。
「びっくりしたでしょ、怖い思いをさせちゃって…」
頭がずきずき痛い。
洸太はなんとなく、直接は見えないが自分の頭に包帯が巻かれているのだろうとその時に自覚した。
もしかすると、自分は結構な怪我をしているのかもしれない。
「おーい、母ちゃん」
声を掛け体を起こそうとしたが、不思議だ。自分の意思通りに体が動かないなんてと、驚いた。
「あーほらほら、ウチの子丈夫だから」
母親が言っているそれよりも、コックさんが側に駆け寄り「:長内(おさない)洸太くんかな、ごめんね、ウチのが…」と言う背中。
パシンと乾いた音がして、コックさんも自分もそっちを見るとどうやら、エプロンをしたその子の母親が、その子をひっ叩いたようだった。
「何やってんの、どうすんのよマモル!」
流石に、いつも陽気な両親も黙り込むほどの迫力。病院内にその声が響き渡った。
その子は叩かれた頬を押さえ、ベッドからは聞き取りにくかったが多分、震えた声で「ごめんなさい」と言っていた。
「ごめんなさいじゃないでしょーよ!人様のお子さんに何を」
「おばさん」
つい、出ていった言葉。
はっとこちらを見たその子の母親へ洸太は、「殴っちゃダメだよ」と言っていた。
「…まぁ、痛ぇけど、オレが悪いんだ、ごめんな。そうか、結構怪我したかな?」
「…んっとにもう…、4針!」
よくはわからなかったが「マモル…?」と洸太はぎこちなく笑い、その子に名前を訪ねてみた。
「血とか、ビックリしたろ。でも、オレ、大丈夫だから…。
今度は一緒に遊ぼうぜ?いつも一人じゃん?」
やはり、頬を押さえ顔を上げた“マモル”は泣いていて、胸は痛んだが見惚れそうになるほど、綺麗な子だった。
「な?もし、よければだけどさ」
カッコも悪いからカッコも付かなかったけれども、その時彼は小さく、震えるように頷いてくれたと思う。
それがマモルとの、最悪なような出会いだった。
てっきり女だと思っていたから、本当にカッコ悪くて最悪、寧ろ治っても顔を合わせるのが少し恥ずかしいくらいだったけれど。
洸太が退院してわだかまりもなく、普通に遊べるようになった頃。
ある日前触れもなく、彼は公園からいなくなってしまった。
本当に突然の別れだった。
マモルの家は、小さなお弁当屋さんだった。
洸太も何度か遊びに行ったからすぐに知った。そこはシャッターが閉まっていて、「テナント募集」となっていた。
どこまでが“田舎コミュニティ”の本当かは知らないが、恐らく自分の家も少し、悪者になってしまったのだと思う。
元々、都会から越してきてあまり馴染めなかったお弁当屋さん。経営も立ち行かなかったのではないか、そこに自分が追い討ちを掛けて金銭を要求したのではないのか、とか。
あれは自分が悪い事故だったし、金銭は受け取らなかったと両親に聞いたし、そうだったはずだけど。
彼が消えてからの、他人の噂話。それらは信憑性なんかじゃない、空気を作ってしまうものだ。
それが小さい頃の、苦い思い出。
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