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『見てたじゃん』

 そう、葵は知っていた。何故かはわからないが。
 俺があそこで抜いてたのすら知られたら…もう発狂ものだ。

「…どうしよ」

 声に出てしまったらしい。
 三澤が「は?」と振り向いたので、ケータイをポケットにしまった。

「俺……」

 自分が結構最低だというのは昨日、より感じたけれど、あれがもし何かのSOS…いや、俺のように見せつけかもしれないけども…。

 結局意味はわからない。

「あのさ、」
「何だ?」
「帰りちょっと、葵の家、行くの付き合ってくんね?やっぱ…ちょっと心配だわ」
「…葵ねぇ…。
 まぁいいよ別に、暇だし」

 あ。
 言われて気付いたな、もうずっと「マモル」で通している。
 エスパー三澤だ。もう言っても良い気はするが……いままで別に女ですら、言ってきたことがない。

 大体はどこか、多分女サイドからバレるのだ。だからより言わなくなっていたけれど、今回の「言わない」理由は、質が違う気がする。

 それからの授業はいつも以上に集中が出来なかった。葵用にノートを取り続けるだけ。
 実質今日は授業を受けていないのではないかと思えてくる。

 日常って、そういえばこんなにつまんねぇんだよなと思うときほど、やけに教員は「お、今日は珍しいな長内。読んでみろ」だの、何が珍しいんだか、残り2限、そんなに考える余裕もなかった。

「まぁ重ねてんならさ、お前はそーゆーの、やめた方がいいぞ」

 昨日と同じ道中、三澤の口調は聞き流しそうなほど普通、何事もないものなのに、珍しく踏み込まれた。

「…だから、」
「まぁいいよじゃぁ、あのマモル?だったとしても。でもなら余計にな。お前地味に気にしいだから関わるのやめとけば?」

 …いつも三澤は、別に否定をせずするっと入ってくるから居心地が良いのは確かにそうだ。古くから知っている友人が唯一なのは、そういう理由だ。

「…結構無神経だぞ、俺」
「そーいう奴は、そう言わねぇの。自分で思うより神経質だと思うぞ、俺はね。
 じゃなきゃあれくらいであんなに凹まない」

 …ただ、古くからだからこそ、癪に触ることもある。

「…あれくらいって、あれってなんだよ、」
「ほら怒った。弁当屋が潰れたことだよ」
「…あれは潰れただけじゃなくて」
「知ってるよ話題になってたんだから。お前に俺がそれを言ったのも、じゃあ悪いことをしたな、」
「…いや、」

 教えてくれたのは三澤だけだった。
 他は皆陰でコミュニティを形成し、有ること無いことをこそこそと噂していたらしい。

 両親は共働きでそういった、「ママ友」だとか「なんちゃら会」みたいな物と無縁だったから、三澤から聞くまで全く知らなかったし、気にせずにマモルと仲良くし続けてしまった。そんな無神経な自分に腹が立つ。

「教えてくれたのはお前だけだった、俺は全く知らなくて、」
「当たり前だよ。大人が勝手にそうやってたんだ。
 俺もまぁ、きっとなんか言われてたよ、『裕福な家ねぇ(嫌味)』みたいなやつ」
「…そうかもな、あんな場所だし」
「とーちゃんはそーゆーの嫌いだからなぁ。かーちゃんが言うなんっつーの?酷くねぇ噂っつーか、他所の家の話は全く聞かなかったけどな。みかんで険悪になったの、いまじゃ家では笑い話だ」
「…みかん?」
「そー。なんか、みかん貰ってきたんだよかーちゃんが。でも、そんなに良いやつじゃなかったって言うか、なんか噂されたんだって、あの家にみかん持ってくとか(笑)みたいな、相手がね。
 相手はただ、採れたてをくれたんだけど、数日置いとくとか家、知らなくてさ。だから渋かった、みたいな。
 ふとかーちゃんがそんだけの話をしたらとーちゃん超不機嫌。置いとけって言ったのを…かーちゃんは『食うな!』て意味だと捉えて大喧嘩。かーちゃん、世間知らずだから。いま思うとどっちとも取れる話だけどさ」
「…うっわー…互いに良い両親故の行き違いだな…確かにそれ、和解出来ればほんわか?になるのかな、家の中じゃ」
「そうそう」

 皆あるもんなんだな、色々と。

「…お前もだからこっちにしたわけ?」
「いや、別に。ウチの方針はとーちゃん主体で『気にしない』だから。なんも深いこと考えんなご近所付き合い、みたいな感じ。
 かーちゃんは今じゃぁもう、俺もねーちゃんもそれなりに育ってるしまず両親もそんな若くねぇから、コミュニティ抜けても大丈夫、みたいな雰囲気」
「…ホンット家は無縁だったかんなぁ…」
「それが良いと思うぞ、とーちゃん言ってたけど女の話はくだらねぇってよ」
「なるほどね…」

 不思議とスッとする。同じ町で付き合えるツレは、本当にこいつだけだ。

「…マモルもそうだったんだろうな」
「だーから、止めとけって。
 誰がなんと言ったってお前が、一人で居たマモルを呼んできたんだ。それでいいだろ?」

 ふっ、と笑ってしまった。
 なんだ、覚えてるんじゃないか、お前。

「…なんだよ?」
「いや。
 まぁ、でもなんか、お前のみかんの話と似てんな、結局相手さんがどうだったかわかんねぇっつーのは」

 流石にうるさい三澤も黙ってしまった。
 そりゃそうだ。あそこは一家離散したのだから。

「…新しい、町で…上手くやれてりゃ」
「だから来て欲しかったんだよ。悪いな」

 三澤に少し心配の色が見えた気がした。それこそ思い込みかもしれないが。
 しかし、それは無神経な自分にもまだわからない話だから、確かめたいのだ。

 ふと、文房具屋で気が付いた。

 あの家の門、カードとか使ってたな。つまり、自分があの後いつ出て行ったかどうか、そうか、その時点でわかってしまう仕組みだったのか、と。

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