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 やはりそれでは…あの父親が見せつけたのか、行為中にわざわざ洸太の名を出したのだし。それとも…葵本人の意思もあったのか。
 だとしたら互いにどんなつもりだったのだろう。これすらきっと、人の中の晴れない闇なのかもしれないけれど。

 葵。

 門の前で三澤は「へー…」と、少し見回しているような素振りをした。

 勇気を出しチャイムを押すと『はい』と、メイドの声がした。

「すみません、葵くんのクラスメートの長内です。あの…昨日お伺いした…」
『はい、どういったご用件でしょうか』
「えっと…今日、早退してしまったようなので…」

 どうしよう、と三澤を見れば、三澤は声を出さず「ノート、ノート!」と助言をしてくれた。

「あの、休んだ分のノートを渡しに…心配だったので…」
『只今開けますね、少々お待ちください』

 只今、という割には少し待った気がする。5分程度かもしれない。
 三澤と洸太に微妙な空気が流れたタイミングでカチャっと扉が開き、メイドが一人出て来た。

 それを見た三澤が驚いたのも側で感じる。

「私、久瀬家の家政婦をしているヤハタと申します」

 家政婦?と呟いた三澤に肘打ちした。

「只今家主も葵さんに付いておりまして……ノートはお預かりしてしまっても宜しいものなのでしょうか?もし授業でお使いになられるようでしたら…葵さんもお身体が少し弱いので…いつお返し出来るか…」
「あっ、はい、えっと、別に…」
「コピー機等も御座いますので、コピーさせて頂いて…の方が、ご勉学にご支障はないでしょうか?」
「あ、いや」

 葵用はルーズリーフに取ったしなと、洸太は鞄からルーズリーフの包装を見せ、中から数枚、あれからの物を取り出して渡した。

「まぁ、字がお綺麗ですね洸太さん…」

 よーく眺めたヤハタさんは「あ」と小さく呟き、そして洸太を眺めた。
 何かを言おうとしていたが、ふと三澤が「あ、俺はノートで…えっと、洸太くんがマモルさんを保健室に連れて行った時のやつは…」と言い出した。

「そうなんですね。
 畏まりました。コピーする間、どうぞ中にお入りください」
「え、いや」
「すみません、押し掛けてしまったのに」

 おおう!?

 三澤が話を押し進め、背中を押す態度。軽くぽんとしてきた。

 そのまま「では」と、ニコニコなメイドに案内され、昨日ぶりで洸太は久瀬家にお邪魔することになった。

 入り口には昨日とはまた違ったロリータ服が飾ってあり、それを珍しそうに眺める三澤に「装飾関係の会社で御座いまして」と、振り向かずともヤハタさんは説明した。

 ヤハタさんは一人のメイドに「葵さんのお友だちだそうです」と伝えると、そのメイドは畏まりましたと、あの客間を促してくる。

 三澤はノートを二冊取り出し、「ここからここまでです」とヤハタさんに指示をし、ヤハタさんは受け取り奥へ行ってしまった。

 居間に案内され、すぐに紅茶がやってきた。

 仄かに甘い匂い。
 それに三澤が「リンゴの紅茶ですか?」とメイドさんに訪ねている。

 ……金持ちすっげ。

 普段の三澤は全くそんな感じではないのだが、そういえばそうなのだ。当たり前すぎて思い出さないことが大半だが。
 メイドさんが笑顔で「はい、そうなんです」と答え、「少々お待ちくださいね」と去って行った。

「……忘れてたわ俺が庶民なことを…!」
「嫌味かそれ?なんだこの家マジで金持ちじゃん…お前の推測、信憑性出てきたな」
「信じてなかったんか、やっぱり…」
「そりゃそーだろ、なんなら心の病気を疑」
「…二人ともありがと…」

 ふっと後から声が掛かりビクッとした。

 振り向けば…クマのぬいぐるみの模様が気になる…高そうな前開きのパジャマを着た、マジで具合が悪そうな顔の葵が壁伝いで立ち、「葵様、」と、先程のメイドが側に寄り添った。

「……わざわざ、ごめんね」
「いや、別に…」
「葵様、お部屋に」
「はい、すみませんタカツカさん。挨拶だけしたくて…。
 またね、二人とも。本当にありがとう」

 葵はメイド、タカツカさんに背をさすられながら戻って行った。

 まず、二人目を合わせ「クマ」と「高そう」がハモった。

「マジで具合悪そうだったな…」
「具合悪いから早退したんだろ」
「あ、まぁ、そうなんだ…ろうけど…」

 いやぁ、ホントは違かったんだよね2限までは…少なくともスポーツ出来るくらいの…。

 とは言えず。

「シルクだよなあれ…それとクマ。装飾?アパレル?系とか言ってたし、特注だったりして…」

 思い出した。

「あいつの部屋、ぬいぐるみあったよ、ボロくてなんか…」
「……信憑性大じゃん!昔のマモル、確かウサギの…母親が作ったやつだっけ、持ってた気が」
「は!?そーなの!?」
「は?知らなかったの?
 あ、でもそっか、お前入院してたもんな。公園のベンチでずっと抱き締めてたよ、不安なときはそうするって」
「…そうだったんか…」

 だからこいつは女子と勘違いしていたのか。
 …てゆうか。

「母親が作ったやつ…ずっと持ってんのかな…」

 やはり…切なくなった。
 それをあの変態じじいに…あぁあ、母ちゃんに謝れあのじじい…。
 とも、言える立場でもないが…。

 少ししてヤハタさんが「ありがとうございました」とノートを返しに来た。

 洸太と三澤の中では微妙な空気になっていたが、知らないヤハタさんは「お茶菓子など」と滞在させようかという雰囲気なので「いえ!大丈夫です!」「御馳走様でした!」と立ち、去りますよの意思表示をした。

「…葵…さんに、お大事にとお伝えください…」

 そうして二人は、久瀬家を後にした。

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