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あまり、母親と楽しく過ごした思い出がない。
どちらかといえば、父親が与えたがるタイプの人間だったから、どこか満足に一歩足りなかった覚えはある。
いつでも申し訳なかったからかもしれない。
美味しいご飯を作ってくれて、一度「美味しい」と言うと暫くそれが続いてしまうのも、今となっては良い思い出に…なっている、はず。
皆自分の身を削っていた、付け足すことをしなかった。
始めにこうちゃんが手を差し伸べてくれたとき、暫くは意味がわからなかったけれど、母親のビンタで少しだけ目が覚めたような気がしたのだ。
彼は身を削るというより投げ出した、いや、こちらに飛んできたのだと、いまでも思うけど。
皆が履き違えている。これに今更…震えるほどの何かを感じていることに、五感を塞ぎたくなるから。
どうやら自分は手の出し方を間違えてしまったな。
ウサギの服の背にあるボタンが取れかかっていることに気付いた瞬間、「何してるの」と側から声が聞こえ、ビクッとして手が止まってしまった。
…震えている。
見上げるとやはり、養父が扉を開け顔を覗かせていた。
彼はニヤリと笑い、「電気点いてたから来ちゃった」と言う…。
勘弁して欲しいんだけど…。
葵が硬直していると、手が伸びてきて咄嗟に目を閉じてしまったが、わかっている、この人は別に酷いことはしないのだけど…後頭部を撫でられ、葵はゆっくりと、閉じた目を開いた。
「あぁ!そのスパンコールね!持ってたのか」
嬉しそうに言う義父はそれから首筋を撫で「具合はどう?」と優しい声色で聞いてくる。
「確かに熱いね」
…誰のせいだか。
「…風邪を、」
自分の声を聞き、葵は自分が鼻声であることに気が付いた。
義父もそうらしく「うん、そうだね」と手を引っ込める。
基本的にこの養父は、葵の面倒を看ない。金は出してくれている、それだけの関係で。だから今こうしてここに来たのは珍しい。
……この人は、どこまでも関係を持たないはずの人だった。
桐生から、「あの不動産会社は潰れたよ」と言われた。それは、弁当屋の建物を所有していたところだ。
そして後に、弁当屋へは偵察に来たのだと真相も語っていた。
父が「料理屋とか、やりたいよなぁ」とぼんやり言った食卓では、父の夕飯が並んでいた。
母は立派に「専業主婦」の立ち位置だったが、料理は父が担当していた。
母は父の帰りが遅くなっても「お父さんの方が上手だから」と、炊事に全く手を付けなかった。
それでもこの男に会う日までは、一家庭として成立していた。
ウサギと目が合い、考える。
本当にそろそろ生地は限界だし、何かやりようがないものかな。
養父がふとウサギに触れ、服の留め具が開いた背中を眺め「やっぱり、そろそろ限界じゃないか?」と指摘してくる。
…違えてはならない。わかっていなければ──。
「折角なら、またリメイクしてみたらどうだろう」
「……」
…なるほど、さし目や中の綿なら、使えないわけではない…薄く穴の開きそうなところをツギハギするなら…いっそパッチワークにしてもいい、どこかに地の生地が使えるかもしれない。
ふと、背骨が撫でられビクッとした。
針を置いて義父を見、「危ないです」と告げると、「|馨《かおる》に寝ていなさいって言われたんだろ?」と潜めた声で、背後に立たれる。
背凭れの距離で義父が見下ろしている、一気に緊張感が漂った。
それは相手に伝わっているようで、肩を少し揉んでくれた養父は、そのまますっと、パジャマに腕を入れ乳首をグリグリと弄ってきた。
はっとして「お義父さん、あの…」と言い訳を考えるうちに顔が寄せられ「馨、来たんだね」と乳首を摘ままれた。
「熱いね、身体」
「…あの、」
「治るまで刺すなって言われた?それとも」
「言…、われました」
「誰も教えてくれなかったなぁ、馨がここに来たなんて」
「…俺もあの、先生も、わかってますし、学校から…あの、送ってくれただけですよ、学校、…あるし、すぐ…に、帰りました」
ピンピンと爪弾きされるのも、多分もう痛いのだけど、熱で微妙に感覚がおかしいらしい。
うっ、くっ、と声にならず息を詰まらせる葵を眺め、義父はペン立ての側にある軟膏を指で掬い、わざわざ葵に見せつけ胸に塗ってきた。
妙なむず痒さに悶えそう、ぞわぞわと…血の気が引いて行く。冷や汗が一気に出る。
「さて、寝なさい」
そう言って義父はベッドに促してくる。
少しふらつく葵に手を貸し、ぽすっとベッドに座らせ、手の甲で冷や汗を拭う。
……違えては、ならない…。
そのまま目が合えば薄笑いでズボンを下げ、髪を撫でてくる始末。
もう少しで、10年が経つのか。
そうじりじりと思いながら、葵はそのまま俯き嘔吐きそうなのを誤魔化しながら、義父の性器に触れる。
来てすぐにされた行為はただただわからなくて恥ずかしいばかりだった。いっそ、殺して欲しいと思いながら…ある日に精通が来た。恐らく、早い方で。
「…どうしてそんなところを舐めるんですか、」
ただ義父は、こうして今のように笑っただけだった。
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