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「あれ、セン…」

 桐生を呼ぼうとする葵に手を翳し制する。

「これ儲けても後で跳ね返んのが大人だかんな?君はバイトしてるなら今は親が税金のケツ持ちってワケだ、それが扶養」
「へー、なるほど、入ってないとダメっすもんね、未成年は」
「そーそー。
 大人は所得により稼ぎから色々引かれちゃうわけよ。それ払わないと脱税な。それが確定申告ってやつ」
「あー、よく面倒臭いとか言われてるやつかー。
 センセーは申告してるんすか?」
「当たり前だろ、大人だもん。そーやって金綺麗にしねぇと」
「子供の頃は?」

 桐生が一瞬黙った。

「…いつから子供?お前的に」
「えー、聞き方狡いっすね。わかんないっすよ。じゃ、センセが言うとこの未成年にしとく」
「さぁ?それなら俺の親に聞いてくれ。だってそれ大人が管理するやつだもん」
「へー。ヤクザみたいな話っすねー」
「金ってそーゆーもん。楽には稼げないよ、さっきみたいにな」

 …もしかして、今のは動揺だったんだろうか。

「さっき?」
「そー。
 例えばさっきの暴落をな、これはつまり会社情報なわけだ。会社の公式発表の前に…例えばあのインチキっぽい雑誌社が事前に俺に言っていたとする。これは雑誌社が会社情報の漏洩をしたことになるし、暴落すると事前に分かってしまった俺が、具体的に「いつ記事を出します」と聞いていた場合、売ろうがどうしようがインサイダー取引になる、てわけだ」
「マイナスになっても?」
「そこは難しいところ。プラスのうちに売っとこ、は間違いなくなわけだけど、雑誌社ってまぁさっきの記事はわかりやすいよな、又聞きだからなんとも言えない。この記事がしかし、あちらさんにちゃんと伝わっていてこの日この時間に暴落するのが確定だと裏が取れてたらインサイダーかな、ここは今の俺らじゃ悪魔の証明だ。
 だからインサイダーには当たらない。普通そうなんだよ、クリーンなら」
「ふーん。似た話だね」

 三澤がこっちを見てくる。
 ふと振り向いた桐生は何故か「何見てんだ、親来るまで寝てろ。お前は勉強してろ」と調子を変えて言って来た。

 …バイト、とは。
 もしかしてこの人も…?

 しかし、桐生のことは興味が無いなと、洸太は頭の中で桐生のことを分類した。
 欲しい情報と、そうじゃない情報。桐生の一端には欲しい情報もあり、それは葵のことだとまた分け直す。

 結局三澤は6限目に教室へ帰って行き、一緒に帰ろうとする葵は「まだ終わってない」と、居残りをさせられてしまっていた。
 洸太はそんな全員を置き母親と病院へ向かった。

「ったく、バスケんときのやつ、響いたの?」
「いや、そういうんじゃないと思う…」

 保健医が生徒の中身を見たいらしい、だなんて言えるわけもないし、覗きで盛大にぶつけたとも言えない。

「担任には特に何も言われてないんだけど…」
「あー、俺があの先生に提出すれば話は通るらしい」
「…ふーん…」

 言われた通りにレントゲンを撮ると、驚くことに左の骨盤が若干歪んでいたようだった。

「しかしよく見つけましたね…えっと、部活はバスケでしたっけ」
「中学の頃です…」
「成長期だからねぇ…曲がったままちょっと治りかけてる、という感じですね…まぁ、そのまま来ちゃってるんで、整体でも治るくらいですよ。あまり支障、なかったでしょ?今まで」
「まぁ、はい」
「正直骨組みも出来てきてる年齢ですからねぇ…特に支障は今はないでしょう。直ぐに処置しなくても、くらいですね。今日は痛み止めを出しておきます」

 言われてみて気付くことがある。そういえば、最近…前はあったが椅子から立ったり座ったりに違和感が無いかもしれない…よりもまず今、とても楽だ…と、桐生の顔が浮かぶ。

 整体か、なるほど。歳を食ったり、プロの選手以外やらないと思っていた。

 痛み止めを貰い、車の中で母親が「やっぱり昔の?」と心配をしてきた。
 「多分違う、転んだ」と答えたが「ふーん…」と空返事。

 額の傷に触れる。
 父、母共に気丈な振る舞いをして見せていたが、半ば「本当はそうではない」という空気を薄々と感じていた。

 それが未だ、心に引っかかる。
 葵との思い出を最近まで微笑ましく思えていたのは皮肉にも、葵が街から去った後だったかもしれない。

「男の子だからねぇ」

 当時から母親が言うことは変わっていない。なのに感じる違う空気。

「洸太も進路考えないとね。昔は高卒が安定だったけど、いまは大学出とかないと、働き口が狭まるし」
「…バイトかぁ」
「バイトもしてくれたら助かるけど、成績も重要だからねぇ…」
「大学っていくら掛かんの?」
「場所によるよ、そりゃぁ」
「まぁ…」
「でもまぁ、昔と違って今の高校でも、資格取らせてくれるから有難いよねぇ。
 大学ならカツカツで貯めてはあるけど、バイトはだから、今からでも、暇な大学生活ででもいいよ。バイトも社会勉強ではあるし」
「…うん」

 大学…1年を切った。来年の今頃、葵はどこへ行き何をしているんだろう。

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