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「あ、おはよう裕」
「わ、ナニソレ、何作ってんの?」

 洸太におはようとも言わせないまま葵に食いついた三澤に「…はよ、」と強調する。
 なんだか、葵は少し俯いた気がする。

「別に…」
「すげぇな、器用じゃん、どーやんの?」

 と、三澤が明るく言い直すと、俯いてた葵は顔を上げ「ちょっと難しい」と答えた。

 机を見た三澤は「キラキラしてる〜」と…友人ながら感心する。一瞬閉じた葵の心を意図も容易く解し、「そう、キラキラしてて綺麗なの」と笑顔に変えた。

 また、少しモヤっとする。

「部活?」
「いや…」
「俺多分だけど出来る気がしないわ!凄いな葵」
「…まぁ、難しいけど、コツを掴めば…と言いつつやり直したりしてるから…テグスがふにゃふにゃしちゃって更にやりにくくなっちゃって…」
「リスを作ってるらしい。
 凄いな、それでも綺麗に並んでない?俺もまぁ、分からないけど、多分」
「ぎゅーっと締めながらやってる。針金とかにしたら楽かもしれないけどね…。
 次の段が難題でさ…鼻を作るんだけど、今朝までこのリス、鼻があったんだ…」
「そーなんだ」
「あー、俺多分「あー!もう!」とか投げ出しそうな気がする…」
「いやいや手術とかの方が大変でしょっ…!」

 しかし、嫉妬はするが笑っている葵を…この教室で初めて見たような気がする…。
 なんで一瞬心を閉じたのだろうか、葵は。

「あ、そーいやさ、今調べたんだけどさ。今週ビーズの展覧会やってるらしい」

 今調べたスマホ画面を見せると、三澤は自然と「頑張ってな」と言い残し席へ着く。

「ん?ゴッホ?」

 言われて気付く。ブラウザを誤タップしたらしい。前に調べたゴッホの展示会が映っていた。

 「あ、こっちこっち、間違えた」とビーズ展を見せると、「わぁ!ほんとだ!」と楽しそうに画面を眺めニコッと笑った葵にグッときた。
 なんだか、本当に嬉しそう。

「…土日…、ん?明日明後日か…急だけど暇?」
「え、うん……多分」
「行く?」
「え、」

 少しフリーズしたらしい。
 あれ?と焦りを感じ「いや、ビーズアート調べたら真っ先に出てきて、」と、何を取り繕うのか。

 まだ、「遊びに行こうよ」で済ませられる。

 すっと俯いた葵に、また心を閉ざしてしまったかと思ったが、「行きたい…」と漏れた声。

「…いきなりで…。
 こうちゃん、どうして?」
「え、いや、見ててすげぇなって、思って…」
「でも、いや…」
「…まぁ、2駅先らしい。ビーズの買い足しとかもいいんじゃな」
「一緒に行ってくれる気だった?」
「…んっ、」

 顔を上げた葵の目はキラキラしている。
 解けそう。
 しかし、葵の表情筋は少しだけ、自信が無さげに下がっていて。

「…うん、もしよければ…」

 あれ。
 あぁ、これ今俺多分…。

「……気持ち…悪くない、んだよね?」

 なるほど…。

「気持ち悪い…いや、全くそれ考えてなかったわ。なんで?」

 間があった後に「いやぁ……」と、語らないまま「ありがとう」という返答。
 どっちなんだ、これは一体。

「…どれでも行きたい。
 こうちゃん」
「ん?」
「…この中にさ、ゴッホの色はある?」
「あぁ…」

 そのケースに全てがあったわけじゃないけれど。

「ビーズ見ながら考えない?」

 不安そうだけれど、さっきよりは柔らかい表情で「いいね」と言った。

 俯きつつもふと、手を上から握られ…あぁ、まるでこれは…多分だけど照れていて。
 顔を隠す訳では無いが、片手で頬に触れ何も言えずイジイジとする姿。
 葵は少し小さな声で「空けとく、」と呟いた。

 じわり、じわり、手の温度と同じ速度で広がる嬉しさ。

 あぁ、そうかと解けていくような感覚。

 心臓はゆっくり鼓動を早め、「ん。ありがとう」と、言ってしまえばニヤけそうで、洸太自身もつい俯いてしまった。

 手を離した葵はぎこちなくまたビーズを弄り、確かに、たまにひとつ解いたり数えたりしていた。

 “一段”が完成したのかは不明だが朝は早い。ホームルーム開始の前のチャイムで、葵はそれを引き出しにしまっていた。

 この感覚に懐かしさを覚える。こんなに嬉しく…いや、刺激的で、なんだろう、入り切らない心が、飛びそう。

 自分が女にだらしなかったのは理解している。そこに何かがあるわけじゃない。
 だからこそセックスで「何かしてあげないとな」がダルくて仕方なかったのに。

 もっと、色がみたい。

 少し切ないのは「気持ち悪くないんだよね?」という一言。
 そう言われて生きていたのかもしれない、幼い頃「女の子じゃなかったんだ…」のあの気持ちを知っているから。

 だから今朝は多分、桐生がここに来たのだ。
 心を開いた第一歩として。名医だよなとぼんやり過ぎる。

 前のクラスはどうだったんだろうかと思ったが、これは聞くことではない、デリカシーを持つべきだなんて、確かに他の女にもそうしては来たがそこに感情は生まれなかった、考えなかった。

 こんなことを考える自分が不思議だ。今、自分は葵に対しこんなにも物事を考えている。

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