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葵はその後も休み時間の度にケースを出してはビーズを弄っていた。
…確かに。
途中で気付いた。生徒の中には微妙な視線を寄越す者がいることを。
当の葵は一見作業に夢中に見えるのだが、洸太にはわかる。休み時間の度に葵の表情が死んでゆくのが。
しかし、葵にやめる様子はない。
ノートを取りながら思った。
今こうして葵用にわかりやすく書き、それを見てチョークと同じ色で板書していく葵はたまにちらっと洸太を見上げているのもわかっている。
表情だけでも見たい…。この、微妙にグレーな感情はなんだ、と。
幼い頃はそれに夢中だった。
この子はどうして一人で遊んでいるのだろう、楽しくなさそうに。
だったら何をしたら楽しいんだろうとか、自分はこの子にどう映っているだろうとか…。
垂れ流されずただ巡り続ける思考。せき止める何かは心にありそう。多分、あの頃ともまた違う色の感情で。
少しづつ温まるから、膨張してより開いていく心の引き出し。
前頭葉にひとつ引っかかり開けっぱなしになる思考。しまいきれない。
挟まって少しだけ痛い。
何に対してそう思う?
楽しい思い出の後…記憶の手前側には、葵が突然消えてしまった過去の事実があるからかもしれない。これは、無理矢理また押し戻そうとすれば傷がついてしまう。
その日洸太は、何度か葵の目を見ることにした。
相手が伏せる時もある。あぁ、大丈夫だよ別に。俺は知らないことを知りたいだけ。ひとつくらい、開けっ放しの引き出しがあってもいいんじゃないかと、その度に思う。
自分とは何か。
本当は嬉しいのに、どこかで何かが痞えている気がする。戻れないし戻りたくないのに、この感情は、例えるなら自宅に帰るのと似ているのだ。
葵の一喜一憂が見える瞬間が堪らない。自分にはないもので、パールビーズと同じくらいキラキラしている。
一度離れたから、俺は今こんな気持ちに気付けたのではないだろうか。
初めてだ。その日の昼休みにやっと、洸太と葵と三澤の三人で弁当を食べた。
「見てー、どんぐりが出来た!」
と、葵は嬉しそうにビーズを見せてきた。
「こっちはリス本体より簡単だったよー」
誰とでも嫌味なく仲の良い三澤がその場にいるというだけでも、クラスの雰囲気が変わってゆくような気がする。
「すっげぇな、おーい!」
三澤が誰かを呼んだ瞬間だけは葵も身構えていたが、「え?これ作ったの!?」と、白々しくも感じたが歓声があったことで、葵の肩の力も少しづつ抜けていっているのが目で見てわかった。
自分はそれに乗り「すげぇよな、」と肯定してやるのみになるけど。
「大抵は下の段のビーズを拾うか、そうじゃなければこっち側は足して、て感じみたい」
葵はそのうちぎこちない手付きと微笑みで、残った女子たちが薄っぺらく喜ぶように…面倒さを隠して説明にもならない作り方を伝授…いや、雑談をしていた。
「私にも出来るかなー」
今とさっきと自分たちに見せる笑顔、全く違うのか。
…この作り笑顔、自分も向けられたこと、あるかも。
もしかすると何かを諦めたり、いや、そうじゃない。三澤の少しの計らいで開き直れたのかもしれない。徐々に淡々とリスが出来てゆく。
盛り上がりは昼休みがピークだった。
それからもまた普通に戻る。
そういえば幼い頃に自分が入院中、三澤と葵はどんな感じでどんな会話をし、過ごしたのだろう。聞いたのは人形のくだりだけだ。
退院した後、葵は既に環境に馴染んでいたような気がする…。
夕方、帰り道にふと思い出す。
まだ陽が長い。夕方というのを感じさせない、白に近い太陽。
一人で帰るのは久しぶりだな。
やることもないしと、スマホでビーズ展のブラウザを見る。
本当に急すぎてしまったな。
本来なら多分、別に気にすることではないが、葵にはあの変態オヤジの都合がある。
うーん、明後日かな…。
主要のメッセージを打ち込みどうしようかとうだうだするうちに既読が付く。
『無理すんなよ』
遊びに行くのに何が無理なんだが、あぁ、まぁこれはもう帰ってからにしようと画面を消しポケットにしまったタイミングでまた画面が光り、あぁ、と立ち止まって眺める。
『南口のオブジェ前で』
……オブジェ前?
あぁ、そういえば確かに、あの駅には大きなシンボルがある。
しかしビーズ展は…とスマホで調べる。よく使う駅ではある、この辺ではそれなりに大きい駅だし乗り換えがあるから。
写真を見る限り恐らく…うーん南口ではない、北口だと、URLを送るのと同時、メッセージ順では葵が先に「ごめん、間違えた」と送ってきた。
…調べたのかな?自分でも。
速攻で「ありがとう、こうちゃん」「楽しみにしてるね」と連投が来る。
……うーん、流れはしないだろうけど…もう一回送るか…いや誤送信だと言っているし、後で見直すかな…?
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