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「そのペン、別に良いや、あげる」

 その全く変わらない、感情のない笑顔。
 まるで人形だと圧倒されそうだったのもある。
 用済みだと去って行こうとする久瀬に「あー…ちょっと待って」と、洸太はつい声を掛け、久瀬を引き止めていた。

 「…洸太?」と、絡み付こうとした女の腕を退かす。
 久瀬はまた無の表情に戻り、何かを頭で処理し始めたらしい、立ち止まった、立ち止まってくれたのだ。

 何故だろう、無の方が自然な表情に見えるのは。
 洸太は久瀬の元へ、そのボールペンを転がしてみた。

 コロコロと転がってくるそれをただ見る久瀬の見ぬ間に「萎えたわ」と、洸太は女から離れ空っぽのコンドームを手に握らせ、ちゃっちゃとズボンを穿き直す。

「一緒に帰んね?」

 唖然とまた見上げてくれた久瀬に…我ながら気持ち悪いなと自虐をしつつ、ついまた見惚れてしまった。
 鞄からウェットティッシュを取り出し、ボールペンを拾ってやる。

「………」

 え?なに?なにそれ?と一人着いていけない女に「じゃーね」と後ろ手を振り、まだ唖然としたままの二人よりも先に洸太が教室を出れば、仕方ないとばかりに着いてくる久瀬と二人で教室を出た。

「まぁ本気じゃねぇんだわ」

 手洗い場で手を洗いウェットティッシュで手を拭き、もう一度そのペンを除菌してから久瀬に「はい」と渡そうとするが、久瀬は受け取らず不思議そうにそれを眺めている、だけ。

「あー…えっと、ごめん。
 一応言うと変なプレイには使ってな」
「…変なプレイ?」

 あまりにぽかんと久瀬が聞いてくるので「いや、あの…」と洸太は説明しようとするけれど何故だろう、わざわざあんなものを見せつけておきながら、今更羞恥心が湧いてきた。

「その…あらぬところに突っ込んでしまったりとかの…」
「え、何それ、ペンでしょ?」

 …あれぇ……?

「あ、うん、そうそう。正しい…いや、なんか、その…」

 もだもだする洸太に久瀬がふっ、と口を押さえて横を見る。
 え、何事だろうと洸太が考えていれば、まるで耐えられないというように「ふ…ぅふふ…」と久瀬は漏れ出るように笑い出したのだった。

「っはは、あははは!へ、変な、プレイって…!」
「え、あ、はい…」
「ぺ、ペンだよ!?ねぇねぇ!」

 腕を掴んでゆさゆさする程面白いことらしい…。確かに変なことは、言っているけれど…。

「…言うなや恥ずかし」
「恥ずかしいんだ、へぇ」

 急にスッと戻ってしまった久瀬に、あれ?と少し…洸太の心には何か、後ろ黒いモヤのようなものが浮かんできたが、彼は「まーね、」と、場の空気を振り払うように続けた。

「そういうの、気にする人だよね、多分君って」

 他人行儀に言ったかと思えば「はい」と久瀬は手を出してくる。

 最早こちらが恐る恐るというようにボールペンを久瀬の掌に乗せると、一度受け取ってはくれたが、すぐにペイっとその場に投げ捨て「気分は悪いから文房具屋に寄ろ?」と…人差し指と中指をわざわざ握ってきた。

「ガサガサしてる」
「…そう…いえば」
「ここだけよく洗ってたから」

 …よく人を見るなぁ。

 これは…変な感じだ。いつも自分が人を区別するタイプだったからかもしれない。
 いたたまれなくなり、洸太は然り気無く久瀬に握られた指を抜く。

「てゆうか、あんまり話したことなかったね」 

 当の久瀬はそれでも平然とした、何事もないような態度。

「そうだな…」

 う〜ん…。
 「印象最悪だよな、ごめん」だなんて、どこか遠くの事象のように話している自分。
 自分を客観視する機会なんて、実はあまりなかったのかもしれない。

「そうでもないよ。変だなってくらいで」
「…まぁ、」
「人間多分そんなもんだよ」

 …どこか、やっぱり。
 なんだろうか、この、心が削られる感覚は。

 あのマモルを思い出したからだろうか。あんなことをしたのはわざとだし、どうしても重ねてしまっている。

 そう考えていることを、当たり前に久瀬は知らないはずだ。

 久瀬はまたふふっ、と笑い、「不思議だよね、隣の席なのに」と日常的な会話を続けてくる。
 朝のことやらさっきのことやらとあるだろうに。逆に不自然なのではないかと感じるようになってきた。

「授業中ですら少しビックリしたくらいだったよ。
 なんでだろう?と思ったらさっき、裕翔ゆうとくんが部室に来て気付いた。そっか、喋ったことなかったんだって」

 あれ。
 裕翔は、三澤だ。そして、ずっといる幼馴染みの…。

 あれ?
 俺ですら、裕翔だなんて呼ばなくなった。ましてやこの…マモルっぽいけど久瀬葵なんて、高校のクラス替えで「初めまして」なんじゃないか…?

 前に一度だけ、三澤と話しになったことがある、昔いたマモルに似てないか?と。

「あー、そんな気もする。確かに…うーん確かに?」

 と、こんな調子だったのだ。

 別に記憶力が良い方ではないが覚えている。確かマモルはやっぱり自分達の間で「男なの!?」になったのだ。だから印象は強くあると思ったのだが…。

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