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 その間に久瀬父は洸太のことも眺め、「そういうわけで、君ももしよかったら意見してよ」とぐいぐい奨めてくる。

「え、いやー……」

 これがいい!あれがいい!と女子服に意見をするだなんて…性癖暴露に近い感覚がするんだけどな。と思いつつ、品定めをしていた久瀬が手招きをしてきた。
 仕方ないなと靴を脱ごうとすれば、アメリカンスタイルなことに気が付いた。

 なんとなくでしかないが、洸太は「この黄色いの、」だとか「この青いの」だとか、然り気無く色を言いながら上の空で意見にもならない戯れ言を吐くくらいしか出来なくて。

 黄色いの、と洸太が言った瞬間、少し久瀬が俯いた。
 その表情に…いや、先入観が過ぎているかもしれないが洸太の中で確信に近付いた。マモルが公園で寂しそうにボールを眺めていた姿、それがより鮮明に思い出されて。

 だとしたら父は何故…と色々疑問が残るままに、「君はどれが好き?」と聞いてくる。
 マモルは金持ちに売られただのなんだのとご近所の噂があった。

「……青いのかな」

 ただ、わかりやすい物を言っただけだった。久瀬のように詳しく何か指摘を出来たわけではないが、ふと、一点だけ気付いた。
 青いドレスだけは、ピンヒールが合わせてある。

「やっぱりね。いいよねそれ。
 夕飯前だしお茶でもどうかな?初めてのお友達に、悪いね、ついつい」

 久瀬父はその場にいたメイドに、なんだかわからない名前、大抵そういうのは紅茶だ。
 それだけをボソッと言い、こちらにはまるで作ったような笑顔を向け、今度は広間へ案内してくる。

 三人でスタイリッシュな掘り炬燵のテーブルを囲み、それからメイドが菓子と紅茶を持ってきた。

 久瀬はあれから、一言も喋っていない。

「いやー、改めてすまないねぇ。この子、ちょっと、私のせいで浮いてしまっていないかしらと、思っていたから」
「いえ」
「でも、初めてだよね?こう見えても父さん嬉しくて」
「あー、そうなんすねぇ……」

 ……何を喋れば良いんだこれは。まさかクラス替えからもう少しで一年経ち、ずーっと隣の席なのに今日初めて喋りましたとか

「今日初めて喋ったから」

…あっさり、不機嫌そうに言いやがった、当人が。
 「あそう?」と言う久瀬父へ更に顔向けが出来なくなったではないか。

「まぁまぁ、じゃあ、これを機会にでも良いじゃないかマモル」

 そういえば。

「あの、名前なん」
「あぁ、訂正すんの面倒で“アオイ”になってるだけ」
「は?」

 恐らく久瀬自身だ。何故か、炬燵の中でひっそりと蹴られた。

「……ははは、そう、この子そういうところあってさ。葵って書いてマモルって読むんだ、珍しいらしいけど、一応正しい読みで…」

 そうだったのか!

 それから名前について、「徳川家のなんちゃらかんちゃら」と、お父上による歴史の授業が始まってしまったようだが、内容はちっとも入ってこない。
 なんせ歴史は苦手だし、やはりもしかするとあのマモルなんじゃないか説が有力になってきて、洸太の頭の中は、それどころではない。

 しかしお父上の手前、言い出すことも出来ないし、当のアオイことマモルがだんまりを決めてしまい、なんとも気まずかった。

 …仮に例の、金持ちに売られた、それぞまさしく江戸かよ、な心境だが、それはさておきだとしたらこのお父上(仮)は、葵の色弱を知らないのかもしれない。
 …もし知っていたなら、例えば名前の由来なんてものを伸べる父親。若干歪んでいる、意地が悪いと感じた。

 ひとしきり喋り倒した久瀬父はふと葵を見、「おや?」と何かに気付いた。

「葵、もしかして具合が良くないのか?」

 あ、確かに。
 俺も色々考え過ぎて具合が良くないでーす、の前に。そういえば葵はよく、保健室に行くことがある…。

 更に、そういえば。
 こいつは保健室に行くときはなんか…普通の授業で唐突に行く…ような。
 …もしかして色々なチョークを使う…まさしく歴史の授業とか、か?と洸太は少し思いを巡らせた。

「…い、いえ」

 葵は明らかな作り笑いを“父”へ向けていたが、確かに紅茶の一口すらも飲んでいない。

「…海外から取り寄せたんだけど、紅茶、不味かった?取り敢えず顔色悪いよ葵」

 指摘にはっと気付いた表情をした葵はパッとそれを飲み…間があった。
 あ、多分マジに美味しくなかったんだなと洸太も一口飲んだが、確かになんか…薬のような…いや、でも飲んだことある味のような…なんだっけな…。

「…あ、不味かったねそれ」

 確かに、こいつは顔に出やすいタイプだ。

「い、いや、これは、あれですかあのさんぴん茶?」
「……兎に角、着替えて休んできなさい。
 ごめんねえっと…」
「あ、えっと、長内洸太です」
「コウタくん。ウチの子ちょっと身体が弱くてね。折角来てくれたのに」
「いえ、」
「お父さん、大丈」
「君が大丈夫と言うときはあまり良くないときだよね」

 洸太はパッと思いつき「あ、すみません言うタイミング逃したんですが、帰りちょっと心配で送りに来たんです」と葵に助け船を出したつもりだったが。
 葵からは涙目のような…少し非難も混じるような目で見上げられてしまった。

「そうだったのか。二人ともごめんよ。
 すまないねコウタくん、ありがとう。さぁ、じゃぁ休みなさい」

 そんな微妙な空気で解散になってしまった。

 久瀬父は洸太を玄関先まで送りに来たが、ふと家の戸を閉めると「ねぇあのさ」と、洸太の肩あたりの布をくいくい、としてきた。

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