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感情の波とは、これほどまでに自然へと抗うのか。押し寄せては静寂を保ち、またすぐ津波を起こして何の罪もない物を根こそぎさらって行く。
爪を左手の甲に立てて、私はそんなことを考えた。
よく言えば感情豊か、悪く言えば精神病である。恐らくいまの私は誰がどうみても後者なのだ。つまりは悪く言った結果が私。
私は彼の、宇宙に近いような澄んだ目を見てそんなことを考えた。夜のような、深くて罪のない目をしている。見つめ合う相手は、いま物凄く嬉しそうな顔表情を浮かべていて。私だってきっと、今は良い顔なんじゃないかな、とか思う。
自分が考えていることを口から漏らしてしまえば、この澄みきった邪気のない笑顔はどうなってしまうのか。
「いま何考えてる?」
だから私は彼に質問する。
「織音は俺に、俺がなに考えてるかをよく聞くね」
言われてみればそうかもしれない。人といるとそれなりに、自然と意識せずに気を使う。例えば人が前から歩いてきたときに、無意識のうちに退くような。
「うん、聞く」
「実は、特に何も考えてないんだよ」
そう言われれば救われるような、残念なような気がした。
でもそれがちょうど良い、私の水面なんだ。私はいつも、波打ち際に立っていて、波には背を向けている。
目の前には、運が良ければ月が見えるのだ。背後に忍び寄る波に手を引っ張られ、後ろに倒れた時に私は彼に出会った。彼が、私を波打ち際から浜辺に移動してくれた。
だけども…。
「逆にさ、織音は何考えてるの?」
「…え?」
そう言われて私の水面は僅かに波紋を広げた。これは、沈む。いや、飲み込まれる。
ふと彼が、私の、爪を立てていた両手を自分の両手で包み込んだ。ゆっくりと、左手の甲から右手の爪を剥がす。
「痛いでしょ?」
「うん、痛い」
「やらないの!」
「うん…わかった」
何だか、私の気持ちを読んでいるかのようなタイミングだなぁ。
人をこんなに好きになったのも、人にこんなに疲れるのも、辛くて寂しかったり幸せだったりすることは、多分初めてだと思う。
大きな波が押し寄せてる。これは、いままでの波よりは優しさをもった高さの波。
もしも、彼まで波に拐われてしまったらどうしようと思うのに。
私の水面に新しい波が現れた。それは、甘さと冷たさが表裏一体の、大きな津波のようだった。
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