4
公園に着いたとたん、後ろから抱き締められた。突然のことにビックリしたけど、落ち着いたり不安になるのが分かる。
仕方ないから後ろ手に彼の髪を弄る。この、猫の毛みたいにさらさらした感触が好きだ。
ふと離して顔を覗かれた。その顔があまりにも苦しそうで、だけども不謹慎に目が綺麗だなんて思ってしまって、私は思わず俯いた。
「…」
何か、言ってよ。
いや、言わないでよ。
考え事しよう。
そう言えば、兼定は浮気男なんだ。
彼は本気で恋をしたことがあるのかな。
「何で俯くの」
止めてよ。
「ん?ううん…」
「…」
貴方はいま、私のことを考えているんだね?きっとさっきより辛そうな顔をして。
俯くなと言われたから横を見ると、公園の木々の影が当たる所に、濁った小さな池があった。
あれは謂わば露の大群で、そこに泳ぐ鯉は、露の合間を縫っているわけだ。
「顔、見られたくないの?俺はね、怖いんだよ…いつか、居なくなっちゃうんじゃないかって」
「…うん」
涙が出てきた。もう、顔なんて見せられない。
しののめに おきける空は思ほえで あやしく露と消えかへりつる
人と関わることは、こんなにも辛くて切なかったっけ。
「私ね、あんたに言えないことがある。
なんだかわかる?当ててみて?」
「え…うーん」
本気で彼は考え始めた。そう、空気で分かる。
「分かんなくていいよ、当てないで」
「いま、当ててみてって言ったじゃん」
「それが女心ってもんだよ。当てないで」
さだめなく 消えかへりつる露よりも 空だのめするわれはなになり
いまの貴方はこんな気持ちなんだろうか。
やっぱり授業に出ておけばよかったな。そうすれば、道綱の母の気持ちに共感できたかもしれない。
でも道綱の母は強い。私には束縛するほどの勇気も強さもないから。
だけど貴方は束縛しなくても浮気なんてしないだろうし、痛々しいほど私を思ってくれるんでしょうね。
私は彼の顔をやっと見つめた。彼はやっぱり、純粋なほど澄んだ目で、辛そうに私を見ていた。
ごめんね
そう言いたかったのに。
私が一番最初に汚すのは、大気や環境や地球なんだと、昔は思っていた。
違う。私が汚してしまうのは、一番最初は多分貴方なんだと、顔を見なくてすむように私は彼に抱きついた。
- 15 -
*前次#
ページ: