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翌朝には、恭太郎のまめな看病のお陰で仕事に復帰した。鷺の隣で寝てしまった恭太郎は、早朝で奉公先へ帰っていった。

二階の部屋から下に降りて居間を覗くと茶を啜る旦那がいる。暖簾を潜ると旦那がちらっとだけ視線を寄越してきたので、両手を付いて頭を軽く下げた。

「おはようございます。昨日は、ご迷惑をお掛け致しました」
「もう、平気なんかい?」
「はい」
「そりゃよかったなぁ。まぁ、無理しないで今日も頑張ってくれ」
「はい、ありがとうございます」

旦那は人好きのする笑みでにこりと笑ってそう言った。

本当にいい人だ。再び暖簾を潜り台所へ向かうとき、それがとても空虚なことのように思えて、早足に去ってしまった。

ここへ来てからはもう14年が経っているのに。

台所には女将さんが立っていた。昼飯の仕込みをしているのだろうか。

「おはようございます」

だが、返事も帰ってこない。振り向くことすらもしてくれない。

女将さんは、まるで鷺の存在など無いもののように扱った。

「昨日は、ご迷惑をお掛け致しました」

それだけ言って鷺は店に向かう。まだ店開きまで一刻はある。

色とりどりに並ぶ扇子。旦那が作造ったものが並べてある。

旦那が作る扇子が好きだ。それを売る仕事も。

だけど普段の自分には色がない。

三味線に生かされている。そう思って腰掛け、目を瞑ってみると一切の光がない暗闇が広がった。

満ち足りている。

音色だけが自分を色づける。その静寂が好きで好きで堪らないのだ。

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