7
翌朝には、恭太郎のまめな看病のお陰で仕事に復帰した。鷺の隣で寝てしまった恭太郎は、早朝で奉公先へ帰っていった。
二階の部屋から下に降りて居間を覗くと茶を啜る旦那がいる。暖簾を潜ると旦那がちらっとだけ視線を寄越してきたので、両手を付いて頭を軽く下げた。
「おはようございます。昨日は、ご迷惑をお掛け致しました」
「もう、平気なんかい?」
「はい」
「そりゃよかったなぁ。まぁ、無理しないで今日も頑張ってくれ」
「はい、ありがとうございます」
旦那は人好きのする笑みでにこりと笑ってそう言った。
本当にいい人だ。再び暖簾を潜り台所へ向かうとき、それがとても空虚なことのように思えて、早足に去ってしまった。
ここへ来てからはもう14年が経っているのに。
台所には女将さんが立っていた。昼飯の仕込みをしているのだろうか。
「おはようございます」
だが、返事も帰ってこない。振り向くことすらもしてくれない。
女将さんは、まるで鷺の存在など無いもののように扱った。
「昨日は、ご迷惑をお掛け致しました」
それだけ言って鷺は店に向かう。まだ店開きまで一刻はある。
色とりどりに並ぶ扇子。旦那が作造ったものが並べてある。
旦那が作る扇子が好きだ。それを売る仕事も。
だけど普段の自分には色がない。
三味線に生かされている。そう思って腰掛け、目を瞑ってみると一切の光がない暗闇が広がった。
満ち足りている。
音色だけが自分を色づける。その静寂が好きで好きで堪らないのだ。
- 8 -
*前次#
ページ: