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「あ」
「ん?」
「琴だ」

言われてみればどこかから琴の音色が聞こえる。恐らくこの辺の飲み屋だ。

とても心地がいい。ぼんやりと窓の外を見つめるほどに。

√雨がしとしと紫陽花の月 夜に照らされ涙にくれる

この歌と歌声は、昨日の女性だ。

目を瞑って聞き入る。自分の感性にぴったりと一致する。

現実の色がそこにはあった。土鍋で手が温もる。それに気が付いて鷺は粥を食べ始めた。

幸せそうな鷺を見ると、嬉しい反面、少し複雑な気持ちになる。

いつでも見ているのは彼にとっては現実でも、現実的に見て現実ではない。もしかするとふらふらと、何処かへ行ってしまうのではないかと不安だ。

「上手いか?」
「そこそこにな」
「ははっ!こりゃぁ元気だなぁ」

軽口を叩いている鷺は現実だ。見境くらいはついているだろうが、もしも踏み外してしまったら、それはそれで鷺らしくもある。

「…この琴弾いてんのな、偉くべっぴんさんだったよ」
「へぇ」
「何だ、興味ないのか?」
「どうだろうな」
「…お前みたいに、色んなとこで弾いてんだってさ。今日はすぐそこの浅賀屋で弾いてんだって、旦那が言ってたぜ」
「そうか…」

恭太郎は鷺に一杯酒を注いで渡した。

「一杯だけな」

鷺はふと笑って猪口を受け取り、一気に飲んだ。酒は良薬と言うのは嘘かもしれないと思う。

√朝焼けに鷺が鳴いて 海の小波 振り返りもせず

鷺自信は、どんな気持ちで唄を歌い、聞くのだろうか。ぼんやりと窓を見つめる横顔を見て、そんな意味の無い事を思った。

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