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 握る、湿った黒髪、背中の肌触り、大きな闇を感じる光彩。
 けれど、マルと名乗ったその人は、少し眉間を寄せ息を吐きながら、少し喉に触る声で「ヤバそう…」と言った。

 もしもあの人だったならと頭に浮かび、俺はその人の頭を抱え「貴方はね、」と耳元で囁く。

「初恋の人に似てるの」

 そういうとマルさんは一瞬止まり、「…は?」と声を下げる。
 これであともう少しは持続するかもしれない。

「んん……もっとしたい。ねぇ、」

 腰を動かすと躊躇いのようにマルさんはまた徐々に腰を動かし、「あっそ、」と言う。

 まるで打ち付けられるそれはねちゃねちゃ、骨に当たってゴツゴツと一層音が耳に付き、もう目の前、いや、過ぎ去りそうだと「んんっ、」と声が出れば相手の喉も締まり、0.何ミリか越しに熱がぶわっと腹に溜まった。

 それに身体がピクッと一線を越えれば、ふと俺の腹を見たマルさんはその場でティッシュを出し、迷ったらしい、まずは抜こう、と考えたようだ。
 それも「…ちょっとまだ、外れそうかも」と結論付け、腹に撒かれた白い体液を指で掬い、一口舐めていた。

「…ゆっくりでいいよ」
「んー…そうする…」

 身体を支え、顔のすぐ側に来たマルさんは少し、舐める程度のキスをして「どう?自分の味」と、あの人のような無表情で言った。
 まだ反応はしないけれど、少しだけ体が熱くなった瞬間、彼は俺の身体からそれを抜き、ちゃっちゃとコンドームを外していた。

「…あんまりわかんないよ、苦いけど」
「俺のはどんな味よ」
「出さなかったじゃん?」
「普通はな。旨くねぇもん」

 ふいっと離れて身体を起こした彼は、電気スタンドに置いておいたハイネケンを一口飲み、「温いな」と顔をしかめる。
 俺がただ見ていると、まるでどうでもいい物のように、その緑の缶を寄越してきては、「水取って来る」とベッドを離れ、側のテーブルのコンビニ袋を漁った。

 取り出したペットボトルからぐびっぐびっと水を飲む姿に、彼は同じくらいの年齢になっただろうか、ただ、少しだけ豪快なような男らしいような、とにかく雰囲気は違うと上書きして眺める。
 マルさんはこちらに戻り、俺に水を渡しながら「初恋のやつってどんな人」と素っ気なく聞いてきた。

「んー。ちょっとマルさんとは違うけどね」
「ふうん」
「怒った?」

 「いや、別に」と言ったが、それはとてもつまらなそうな声色で。

「まぁ普通ヤッてる最高潮で言わないと思うけど」
「もう少しそのままでいたくて、つい」
「足んなかった?その割にイッてるけど」
「あの感覚って長く続けたくなることない?」
「…一度きりの相手なんてそうでもないな。サクッと済ませたい」
「まぁ、確かに」
「ついでだけど、どこが似てんの?」
「顔。断然」
「…あっそ」

 まだ、朝まで時間はあるけれど。

 マルさんは「風呂沸かす?」と聞いてきた。
 テキトーに頷くと彼は給湯を押し、帰ってくればもう、ガウンを羽織ってしまっていた。

「もう少しヤる気もなくなっちゃった?」
「別にいいけど。ああ言われるとあんま満足させてないかなって気になるし」
「…あそう」
「あんたってあんま遊び慣れてない?普通ヤッてる最中は言わねぇもんだよ」
「…わかってますって」
「わざとか。悪かったね早漏で」
「ううん、違う。俺が遅漏なの」

 はぁ、と息を吐いた彼はやっと笑い、ソファに座ってジッポを擦り、紙パックの端を炙る。
 そんな姿に「あ、」と、思わず声が出てしまった。

「あれ、ダメな人だった?」
「…いや、最初キスした時にわかったよ」
「あそう?初恋の人に似てた?」
「…うん、ごめん」
「…あんたいくつ?」
「ん?」
「年齢書いてなかったよね?20は越えてるハズだけど、会員登録なんて楽そうだったからな…。いまの子供は大人っぽくてわからないし、聞くのもどうかしてるが」
「…そっか、じゃあマルさんは本当に恋人探しだったんだ。
 25だよ。」
「…んー…?あれ、思ったよりいってるようないってないような不思議な気分だな…」
「マルさんは?」
「アプリに書いたけど、まぁ盛った、ホントは34…まぁ見てないよね。重いかなって下げてた」
「いや…見た」
「へぇ。君は何探し中?」
「…別に何も探してないかな、ホントは。恋人も探してるかわからない」

 ふっと、 マルさんが俺を見た瞳は、例えばセックス中とも違う…少し伏し目だった。

「…重いついでに聞くけど、まぁ深い意味はない。もしかして初恋以来とか…」
「流石にないです。まぁ、持て余してますってところで」
「だよなぁ、エロすぎるよなぁ」

 思い付いたので「タバコ、俺にも頂戴」とねだってみた。

 彼は横目で俺を見て、「寝タバコはダメ」と、少し手招いたのでそのまま這い出てソファに座れば「なんで着ないんだよ寒いだろ」と、マルさんは自分のガウンの中に俺を入れてくれた。

 一口目、何故だか火が消えてしまったのに「初?」と、俺の口からタバコを奪ったマルさんはそれを咥え、ふっふーと火を点けて咥えさせてくれる。

 そんなタイミングで『オ風呂ガ沸キマシタ』と鳴る。

 「先入るわ」とガウンを脱いでソファを立った彼の手をつい掴み、「…一緒に入ろ?」と言ってみた。

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