店子の段 三
それから流はすぐ、部屋に篭もった。
そう言えばと、権平は「入るで」と声を掛け襖を開ける。一着着物を拵えたのだ。
「あ、サイホウさん」
権平が丁寧にふっと着物を広げてやれば流は簪を作業台に置き立ち上がる。
羽織ってやれば「丁度良いです、ありがとうございます」と柄を眺める。たまたま、余りの反物に藤の刺繍を施したのだ。
「藤…」
「少々女物みたいな」
刺繍になってしまったよ、と権平が言おうとした矢先に心ここにあらずと台に座り、「うーん」とすぐにでも作業をしそうな流につい、「早速と作業着にすな!」と口が出る。外着用に作ってやったのだ…。
「あっ、すみません、そうだった」
製品の完成度には興味を示すが自分の見栄えに興味がないのも困りものだ。
たまにぼんやりしながらパッと手にしたのだろう、丈も合わない女物の着物を着て店に出ていることがある。
要するに「裸でなければいいんだ」程度の感性なのだから仕方の無い…。
流の出生を考えれば確かに、母が着古した着物を縫ってやる、くらいでしかなかったのだろう…これは染み付いたものだ、仕方がないけれど…。
「そうもぞんざいに扱われると少し心が痛みますわ…」
「すみません!」
羽織っただけの着流しを脱ぎ丁寧に畳む前に手が止まり黙る。これは流が何か、良い物を手にした時の癖だ。
それを見てやっと「よかった」と思える。どうやら気に入ってくれたようだ。
「……この藍色の糸は」
「あぁ大変やったよ。手持ちの物がどうしても白ばかりやったから、染料で染めた」
「…サイホウさん、売ればいいのに、これ」
「まぁこれは気楽に、作りたい物を作っとるだけやから。
まだ満足には至らんけど、そもそも目的が端から|違《ちゃ》う。
例えば、あんたがお花さんに「似合いそうな物を作りたいな」と我を忘れるようなもんや。わかるか?」
「…わかる、かも。
サイホウさん聞きたかったのですが」
「なんや?」
「この珊瑚玉というのは…」
「あぁ。そないに加工しやすい分、まぁ、壊れやすいのがなぁ。
それは針金で釣ってあるん?」
「はい」
「軽いし、簪にするんも違和感はないなぁ。染料と漆がきちんと塗られてるし、本来は壊れやすいんやけど、あそこの今代はホンマに器用やねぇ」
「うーん、そうなんですね…」
流は、頭に浮かぶことを話すことが苦手なようだった。
そんなときは「つまり?」と促してやることにしたのだ、特に最近。これなら接客の際、商品の説明に困らない。
「サイホウさんが言うように、ぶつからないように…針金を使っているのかなぁ…?
糸、とかだと軽くなるんじゃないかなって、今聞いて思って……」
「ふむふむ。なるほど。
昼間、ビラカン言ったんは聞いとったかな?遊女がつける簪の一種なんやけど。扇子のような形で、先に薄くて小さな鉄の飾りを並べとるんよ。シャラシャラ鳴って綺麗でなぁ、そんなんもありますよ」
少しこうして例を出してやれば「なるほど…」と考え出す。
「しかしまぁ、平民には普段使いが出来る蹄が多い。品が良ければ木や鼈甲もあってな」
「確かに、蹄の簪、たまに見る…」
「一番は木が解けにくい。白檀なんか使うたら香りもええし。木は、あんさんの得意分野やない?」
「……白檀か…」
それくらい値があってもいいだろう。
「明日一緒に佐助と行って見てみたらええかもしれんで?」と助言し、権平は自分の部屋へ戻ることにした。
少ししてさっさと、木を削る音が聴こえてくる。
これが、妙に心地がいい。すぐに眠りについてしまった。
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