簪の段 一


 客の対策として、花はそれまでとは真逆の、昼から夕方に番台に立つようになった。
 その時間の権平は、庭で染色を乾かす作業ををしていたが、まぁ…正直権平自体にはあまり変化はい日常。

 簪が回ってきた日の翌日、佐助は二軒先の装身具屋へまわり、そこからは知らない若い男と流が話していた。
 もしかして、と権平は気付いた。装身具屋の婿養子なのかもしれない。

 一度お暇した佐助は戻ってすぐ、「婿さん、修行に入ってるらしいわ」と言い、やはりかと思った。

「京からきたらしい。ゴンさん流石だな」
「なるほど。いやぁ、作りがあちらに近く感じましてなぁ」
「…お花ちゃんのありゃあ、試供品なんだそうだ。
 親父さんも婿さんも互いに文化交流してるっちゅー感じだったよ。確かに最近少しこう…作風が変わってるようなそうじゃないようなと思ってたんだ」

 佐助は番頭故に店事情に明るい。しかしそれでも婿のことを知らなかったということは、まだ婚約段階というより、弟子の段階なのだろう。

 しかし、あの細工を見れば公言も近いのかもしれない。

「試供品ついでというかなんと言うか…あっちも代替わりの機会を考えてるらしくてな」

 佐助はニヤニヤと語る。

「流とも気が合うようだし、これを機に商談が上手く行きそうなんだよ、今から店主に話してくるよ」

 佐助も長いだけはある、あの店主と似たような勘は持ち合わせているらしい。
 そうか、それならそちらの店主も知っているはずだし、佐助もあながち知っていたかもしれない。

 婿の方が幾らか流より年上かもしれないが、同年代だ。確かにとても楽しそうに話しているのが見える。

 …微笑ましい光景だ。

 佐助が店に入るのと同時に婿は、まるで何か案が浮かんだ時の流と同じだ、さっと引っ込み、少し経てば装身具屋の娘が茶を出しに来、縁側で少し話しをていた。

 そんな矢先。

「…サイホウさん」

 花が裏口の襖を開け、ふと二軒先の縁側を見る。
 様子は不安そうで、何かあったのかもしれないとはわかるのだが、どうも一気に、花の気は縁側に行ってしまったようだ、遠慮がちにまた見ている。

「どないした」

 番台をちらっと眺めても客はいないが、なるほど、執拗い香の匂いが漂ってくる。
 「これ…」と花が手に持っていたものは耳かきが先に着いたふた足の簪だった。

「…また来たんか」
「はい…これは歌舞伎の…」
「そやね。しかもヒスイか…」

 粋で簡素ではあるが、明らかに役者用のお飾り簪だ。
 ふいと流を見れば娘も流も気付いたらしい。

 余計なお節介かもしれないが…と、権平は一度流を手招いた。
 直視出来ないでいた花が「いや、えっと…」と吃るので、まずは「そろそろ交代やろ」と口実を作り、権平は流とすれ違う形で装身具屋に向かう。

 「あら、こんにちは」と言う淑やかな娘に「こんにちはぁ」と、京訛りは伝わったらしい。
 娘が疑問そうな顔をしていたが、権平は娘に簪を見せ、「もしや、お宅で売っとる・・・・もんかね?」と聞いてみた。

「え!」

 娘は驚く。

「その通りですが、えっと…」

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